水曜日・過去 36
叩かれた肩に昌獅は触れる。
温かい気持ちが流れ込んでくるような、生み出されているようなそんな心地よくも気恥ずかしい気持ちが彼の中で生まれる。
一週間前の自分は間違いなく自分にこんな気持ちが生まれるとは信じられないだろう。
今でさえ信じられない。
だけど、多分、あの瞬間。
逃げ惑う友梨をこの腕に抱きしめ、そして、その漆黒の瞳に見られた瞬間から間違いなく昌獅の心が動き出した。
「昌獅。」
名前を呼ばれる。
昌獅は一度目を瞑り、そして、この一週間で変わった強い意志を宿す瞳を爛々と輝かせていた。
慎重に扉を開けるが、何も起こらない。
昌獅は半分ほど開けた扉から中に入り、中を確認するが白いロッカーが並ぶだけで何もなさそうだった。
「…何もないようだな。」
「大丈夫なの?」
後ろから友梨が声を掛けてくる。
「ああ、だけど待てよ。」
昌獅は中に入り、扉を閉める。その時後ろから友梨の驚くような声を耳にするが、虫をする。
「……。」
死角になっている場所を見て回るが、幸いにも何もなかった。
安全を確認した昌獅は友梨たちを招き入れる。
扉を少し開けた瞬間真っ黒なローファーがガッと隙間に入り込む。
ギョッとなる昌獅だったが、隙間から見えた友梨の笑みを見て納得する。
「まーさーしさん?」
「何だ。」
平然と返す昌獅に友梨はますます笑みを深める。
「なーに突然閉められたんでしょか?」
「お前が突っ込まないようにな。」
「私が何?」
「ああ、伝わらないか、なら、暴走しないようにな。」
「私が言いたいのはいい方の問題じゃーーっ!」
友梨がまだ言いつのろうとするが、それよりもゴスンと物凄く痛そうな物音と、突然しゃがみ込む友梨に昌獅は驚く。
「友梨?」
「お姉ちゃん、邪魔よ。」
「ぢ、ぢざど……。」
涙目で斜め上を睨む友梨は一瞬固まり、震えながら中に入り込む。
「友梨、どうした?」
「悪魔がいた…いや、般若…ううん、魔王…閻魔様……もうヤダ、絶対アレ私の妹何て嘘でしょ、似てないわよ。」
「……。」
友梨の呟きで昌獅はおおよそが分かり無言でまだ震えている友梨の肩に触れる。
「大丈夫か?」
「あんまり……。」
珍しく気弱な友梨に昌獅は彼女の肩に置いている手に力を込めようとするーー。
「お姉ちゃん。」
「は、はい。」
智里に名前を呼ばれ反射的にそちらに向かう友梨に昌獅の手はするりと滑り落ちる。
「……。」
何とも言えない感情が昌獅を襲う。
「ドンマイ。」
ポンと肩を叩かれ、昌獅は人を殺せそうな形相で振り返る。
「うえ、お前、すげー顔。」
昌獅の殺人視線をまともに受けた涼太だったが、その表情は普通だった。
「てめぇに何が分かる。」
「あの小姑には勝てねぇよ。」
「……。」
「つーか、勝てる秘訣があるんだったらマジで教えて欲しい。」
「……。」
「はぁ、お前の方は大分マシそうだよな。」
「……何が言いたい。」
「見てて分かるだろうが。」
「何がだ。」
「……。」
昌獅の言葉に涼太はその幼さを残した顔を驚きで顔を引きつらせる、
「オレ結構分かりやすいと思うだが。」
「何がだ。」
苛立ちを隠さない昌獅にマジかよ、と呟きながら髪を掻き上げる。
「ほんとに何が言いたいんだ。」
「お前、友梨先輩が好きだろ?」
「……。」
涼太の言葉に昌獅はギクリと体を強張らせる。
「あー、多分友梨先輩、美波は気づいてないけど、残りの連中は分かっていると思うぞ。」
「……マジか。」
額に手を当て、今にも崩れ落ちそうな昌獅に涼太はクツリと笑う。
「お前って無表情に見えて結構出てんだな。」
「……。」
「もっとクールな奴だと思った。」
「……。」
「何か、お前も人の子なんだな。」
「酷い言われようだな。」
「そうか?」
「……。」
「そこの二人いい加減にしてくれないかしら?」
冷ややかな声に二人の心臓が変に脈打つ。
「なっ、びっくりさせんなよ。」
「……。」
「あら、わたしは先ほどから呼んでいましたけど?」
「…嘘だろう?」
「本当ですよ?」
会話は確実に涼太と智里のやり取りなのに、目線だけは何故か昌獅に向けられていた。
「……そうそう、一つ言っておきますね。」
「……。」
「……。」
「わたしの姉妹に手ェ出すなんて百年早ぇんだよ、ああん?てめぇら分かっているんか?」
どすの利いた声音に涼太は顔を引きつらせ、昌獅は表情には出ていないが内心では涼太と同じように驚いていた。
「あの二人はな、世間知らずのお嬢さんなんだよ、てめぇらの手に負えないレベル何だからな、さっさと諦めた方がてめぇらの身のためだぞ。」
「……。」
「……。」
「と、言う事ですので。」
「こ、こえええええええっ!」
「ああ。」
ぶるぶると震える涼太に昌獅は思わず同意する。
「やっぱ、第一の難問はあの小姑?」
「いや、そもそも、思いを伝えていない時点で第一関門はそっちになると思うけどな。」
「あっ、そうか、あの天然が先って…。」
涼太の呟きに昌獅以外の低い声が聞こえ、涼太はギギギと壊れた機械人形のように首を動かす。
「ごめんね、君たちの話聞こえてたよ。」
「マジかよ。」
「大丈夫、肝心の友梨ちゃんと美波ちゃんは聞こえていなかったようだよ。」
「……。」
昌獅はふいっと顔を背け、そして、友梨の元に向かう。
「うーん……。」
唇に指を押し当てて考えている友梨に昌獅はどう声を掛けようかと悩む。
「ん?あっ、昌獅。」
昌獅の視線に気づいたのか友梨は昌獅の方に顔を向けた。
「どうしたんだ?」
「うん、「9」を見つけたんだけど、やっぱり、問題があってね。」
「やっぱり?」
「ほら、「3」「6」と続いたら、次は「9」そして、最後に「12」かなって思って。」
「何で最後が「12」だと思うんだ?」
「うーん。」
昌獅の疑問に友梨は人差し指を唇に押し当てる。
「まだ、秘密、結構確信までいっているけど、確証がないから。」
「何だよ、それ。」
「まあ、それよりも今はこれかな。」
友梨の視線の先を辿ると数字を押すパネルとカードを通すような溝があった。
「パスワード?」
「うん、この紙が貼ってあったから。」
友梨は紙を昌獅に差し出す。
「……。」
紙を受け取った昌獅は顔を顰める。
パスワードは四ケタ
辰
卯
申
巳
「干支?」
「うん。」
「簡単じゃねぇかよ。」
「うーん?」
「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥だとしたら、5496じゃねぇのか?」
「一度試したけど違った。」
「……試したのかよ。」
「うん、残りは2回のチャレンジだから。」
よく見れば2という数字が右橋の上に点滅していた。
「やばくないか?」
「大丈夫……・多分。」
かなり不安な事を言う友梨に昌獅は呆れたような顔をして、彼女の頭を軽く叩く。
「無理はするなよ。」
「昌獅。」
「取り敢えず、俺らはカードキーを探すな。」
「うん。」
「明らかに「8」の所にありそうだからな。」
「だよね。」
友梨は、そっちは簡単そうでいいな、と思いながらも、自分が今抱えている問題と向き合う。
「干支…なのは間違いない……順番だと思ったけど、違う?」
「お姉ちゃんどう?」
「智里。」
上から見下ろす智里に友梨はへにゃりと笑う。
「ごめん分かんないや。」
「そうね……。」
「智里も分からない系?」
「……。」
そっぽを向く智里に友梨は苦笑する。
「うーん、干支を崩す?」
「どう崩すのよ。」
「そうだよね。」
「明らかにアレに関係ありそうなんだけどね。」
「やっぱ、智里もそう思う?」
「ええ。」
「だよね。」
友梨も智里もこの問題の共通点に気づいていた、だから、ある程度絞り込む事は出来ている。
しかし、この問題は分からなかった。
「子を1と置くのが間違っているのかな?」
「そうだとしたら、何を1とする訳。」
「………。」
智里の言葉に友梨は考える。
(これがアレだとして、そしたら……。
ううん、そうとも限らない。
だって、もしそうなら、子が1になるよね。
でも、本当にそうなるのかしら?
昔って、今の二月から一月となるよね。
うーん、それなら、丑を1とする?
何かしっくりこないよね、だって、そうなると、寅を1とするのもありになるのだから……、
一度試す?
駄目、もし、この両方まで間違っていたら……。
というか、携帯のインターネットを見たら早くない?
何で、気づかなかったんだろう。)
友梨はそう思って携帯を取り出す。
「あっ…。」
インターネットに繋げようとするが、何故か繋がらなかった。
「何で。」
「何故か、繋がらないのよね。」
「智里、先にそれを言ってよね。」
「あら、お姉ちゃんが聞かないから悪いのよ。」
「はいはい……。」
友梨は溜息を零し、そして、どうするべきかと頭を悩ませる。
(一度試す?
でも、間違っていたらどうなる?
恐い……。
恐い……。)
「お姉ちゃん。」
「何?」
「鬱陶しいから、お姉ちゃんも探しに行って。」
「えっ?」
「どうせ、煮詰まっているのでしょ、ここでわたしが考えておくから、お姉ちゃんは探しに行きなさい。」
「で、でも。」
「どうせ、考えがまとまらないのならお姉ちゃんは体でも動かしたら?」
「……。」
友梨はようやく智里が自分を思って言っているのだと気づき破顔する。
「ありがとう。」
「お姉ちゃんは本当に世話が焼ける。」
「うん、ごめんね。」
「ほら、さっさと行って。」




