2-2 同窓会
同窓会の開催案内こそ手元に届いていたけれど、参加する気など毛頭なかったのだ。
魔道士学校に通っていた六年間、まったく何も楽しいことがなかった、というわけでは、さすがにない。
魔術の勉強をするのは純粋に楽しかったし、学校行事も面白かった。
学友が嫌いというわけでもなく、学友も自分のことを嫌っていたわけではないとは思うのだけれど――しかしながら、常に彼らとは同じ目線を合わせることができなかったから。
卒業してから早三年。
今更、元同級生たちと会ったところで、何を話して良いのか、わからない、というのが正直なところ。
「あっ、レイナだー! 久しぶり!!」
「久しぶり!」
「今、魔道騎士団にいるんだよねー。さすがー」
「……うん」
「騎士団でいい人いたら紹介してね! 今、絶賛出会いを探してるところだから!!」
「ん、わかった、連絡するねー」
「お、誰かと思ったら騎士団大尉じゃないですかー」
「……そんな、たいそうなものじゃないよ」
「そんなそんな、俺ら下賤のモノには頭が上がりませんよー」
「……そんなんじゃないって」
「大尉、これからもよろしくお願いしまーす」
「はい、お願いします」
「あっ、あそこにいるのってレイナじゃんー!?」
「わっほんとだ……今日来ないと思ってたのに、来たんだねー……!」
「だってさあ、魔道騎士団の少佐になったらしいんだよ」
「大尉じゃない?」
「そうだっけ??」
「とにかく! 入団三年で大尉なんてふつーじゃありえないんだよ。やっぱり天才って違うよね」
「それは、そう」
「来ると思わなかったなー」
「でもよく見て。ローブの下、騎士団の制服じゃない??」
「あー……仕事の後、来たのかー」
「騎士団アピールかな??」
「まさか。アピールする必要もないでしょ。うちらとは住む世界が違うんだから」
「それだよねー。うちらのことなんて、同級生だと思ってないよなー」
こんな時、耳が良すぎるのも考えものだ。
また連絡するね、と言ってみたものの、二度と連絡することもないだろう学友と。
下賤のモノ、なんて自分たちのことを面白おかしく卑下しておきながら、実のところ、こちらのことを同じ人間だなんて思ってもなさそうな学友と。
よもやこちらに会話が筒抜けだなんて夢にも思わず、堂々と噂話をしている学友たちと。
一体どのような顔をして、コミュニケーションを取れば良いのだろう。
(あーあ……やっぱり、来るんじゃなかった……)
ジーンに連れられ訪れた先は、王都フジュールの中心地にあるパーティホールだ。イベント会場として使われることもある大きなホールを貸し切って立食パーティの形とし、繰り広げられる大々的な同窓会。
まだ卒業して三年ということもあって、参加者の数は多い。
なので、学生時代から友人の多かったジーンは、すぐに他の学友に連れ去られ、一緒に来たはずのレイナは一人ぼっちになってしまった。
それでもたまに声をかけてくれる元学友はいるけれど、誰も彼もレイナと仲の良かったわけではないし、それなのに声をかけてくるのは、下心があるからこそ。
それをわかっていながら、波風立たないように適当な笑顔であしらうことにも、すぐに疲れてしまった。
と、いうわけで、「来なければ良かったなぁ」と一人広いパーティ会場の端っこで溜息を吐く羽目になってしまったレイナである。
正直、こうなることは、目に見えていた。
特に誰かと仲が悪かったというわけではない。
嫌われものだったというわけでもない。
ただ、ほとんど多くの同級生たちと、対等な友人関係を作ることができなかった。
レイナにとって、魔道士学校に所属していた六年間は、苦く渋い想い出の連続だ。
同窓会なんかに来たら、嫌でもあの時の記憶が蘇ってしまう。
(どうしようかな……もう少ししたら、こっそり帰ろうかな……)
と、壁にもたれかかって高すぎるホールの天井を仰いでいた、その時。
「うわっ、レイナだ。――あいつ、本当に連れてきたの。やば……」
不意に、ぎょっとしたような声が聞こえた。
レイナにとって、魔力探知は朝飯前。
どんなに疲れている時でも地面に手を付き半径数十メートルくらいならどこにどんな生物がいるか調べることができてしまう。
もちろん普段からそれほど気を張っているわけではない。
だが、無意識のうちに近付いてくる生物を気にしてしまうので、数メートル近くの範囲に入った生物は目を配らなくとも気配で察知できたりするのだけれど――彼女が近付いてきていることには、気付かなかった。
「……ココ、」
視線を投げれば、思っていたよりすぐ近くから、そのキュッとキツめの赤い目がこちらを見つめてきている。
「お久しぶり。連絡したのは、昨日ぶり。でもこうして会うのは、もう一年以上ぶり……?」
どことなく冷たい口調で詰め寄ってくるその女は色鮮やかなドレスを纏い、片手には細いグラスを握り締めている。
同窓会は立食パーティ形式、ということで、中にはいかにもパーティドレスのような正装をしている同窓生もいた。が、その中でも彼女は一際派手である。
にも関わらず、これだけ派手な格好をしていながら、この近距離までレイナに気配を察知させないのは彼女ならでは。
「なんなの、あんた……あたしが同窓会くらい来たらー? って言っても来ないくせに……」
キリキリとその宝玉みたいに赤い瞳が細められていく。
今にも攻撃されかねない、その吊り上がった瞳の気迫にレイナはたじろいで、
「あー……こ、ココ……久しぶりだね! あ、あの、元気にしてた……!? あはは、ドレス綺麗だね、すごく似合ってる……!」
慌てていろいろ取り繕ってみたけれど、全くもって、効果はなかった。
「ふざけんじゃないわよ――!! 陰気な顔して端っこに突っ立って……!! まあどーせ、あんたのことだから、同窓会来たって浮くんだろーなーって、思ってたけどね……!! だから、あたしも強く誘わなかったのに……!!」
「あ、う、ココ……昨日は連絡、ありがとね……」
「それなのに、あの木偶の坊に連れられて、のこのこ来てんじゃないってーの……!!」
「でくのぼー……」
「てゆーか、来るんなら先にあたしに声かけなさい!! いないと思ってたのに、いたら、びっくりするでしょ!! あと、あたしのドレスがあたしに似合うのは、当たり前でしょーが――!!」
捲し立てるように怒られて、レイナにはひとまず笑顔でやり過ごす他に手段もなかった。
ぎゅんとキツい紅色の瞳、長い黒髪を綺麗に巻いてセットして、他の誰より艶やかな衣装を纏ったこの娘の名を、ココという。
学園時代、唯一、レイナが気負わず話せる女友達であった。
――なに、あんた。有名人みたいだけど。全然大したことないじゃん。
と、それはもう敵意たっぷりに睨みつけられたのが初対面――後になって、それが敵意ではなく彼女の平常状態であったことを知る――、それから後も六年間、なんだかんだよくつるんでいたし、唯一レイナが気を遣わず、会話できる女の子だったのだ。
それは、彼女のこの強気な性格が理由でもあるし、そしてなにより、彼女自身、魔導士としてとても強かったからということが最も大きな理由だ。――ココは、レイナの強すぎる魔力にも、自分の魔力でもって強く対抗してくれた。
そして、その強気の魔力は今も健在。
レイナの隣に並んだココはふわりと巻き上げた黒髪を流すと、グラスを片手に壁際にもたれかかってギロリこちらを睨み上げてくるのであった。
「どーせ、直前まで、来るつもりなんてなかったんでしょ」
「ぅ……はい」
「まー、昨日の夜、水晶経由で連絡した時、びみょーな反応だったもんね。……キャンプしてたんだっけ?」
「うん……ギュネディの、草原で……」
「ギュネディとか、避暑地じゃないの……一人でキャンプなんてして楽しいわけ??」
「まあ、それなりに……」
「昨日は『同窓会くんの?』て聞いたら、『行けたら行くー』って言ってたじゃない」
「うん……」
「絶対来ないやつじゃん、これ! って思ってたのに……! 結局、来るんかーい!!」
大体、一人キャンプなんて若い娘の休日の過ごし方じゃないっての、と、ぶつぶつぼやくココは、そのキツい印象と裏腹に、とても優しい。
優しいなんて、言おうものなら、「あんたが陰気だから、イジメる気にもなんないだけ」と切り捨てられそうではあるが。
どんな理由があれ、こうして真摯、かつ、つっけんどんに接してくれる彼女の存在は、レイナにとって救いであった。
他の多くの学友たちと違って、ココとなら、表面を取り繕ったりせずに付き合っていられる。
「ははは、だってさ……三年ぶりの同窓会って、なんか怖くて……」
「誰よりも強いくせに誰よりも臆病だよね、あんた」
「返す言葉もございません」
「昨日、ジーンからも連絡があったからさー。『レーナ、ギュネディの草原でキャンプしてるらしいけど、明日来る気ないわけ?』っつって聞いたら、『えっ。じゃあ俺が呼んでくる』とかって言うから。……もしかして、もしかしなくても、ギュネディからここまで直行してきたんでしょ」
「……さすが! 大当たり!」
「なにが、さすが! よ。見りゃわかるっつーの。いかにもキャンプ帰りの格好でさぁ! ドレス着ろとは言わないけどねえ、もうちょっとオシャレをしなさい! オシャレを! おわかり!?」
「えーと……」
「TPOってやつよ! TPO!! はい、繰り返して!!」
「てぃーぴーおー……」
「声が小さい! もう一回!!」
ぴしゃりと叱りつけてくるココであるが、しかし、レイナがローブの下に王家の紋章を付けていることについては何も触れなかった。
レイナが国家魔導騎士団に入団したことは当然彼女も知っているし、騎士団が休暇中でも緊急要請に備えて王家の紋章を常時纏っていることは珍しくないことも理解している。
であるがゆえに、他の同窓生たちみたいに、王家の紋章にいちいち反応してくることもないし、――やはり何より彼女自身、魔導騎士団への入団資格をもらえるくらいには強かったということも一因だろう。
ココは学生時代、常にトップクラスの成績をおさめる優等生であった。だが、彼女には彼女の事情があって、国家魔導騎士団には入団しなかったのだけれど。
「……っていうか、あんた、グラスは?」
「ん……、なんか取り損ねちゃって、」
「まだなんも飲んでないの?」
「うん……」
「なんか食べた??」
「まだ……」
「はあ……? 立食パーティきて、何も食わず誰とも喋らず壁際で黙って立ってたわけ……?? それじゃ要人護衛じゃない……!! 仕事じゃないんだから……!! ほら、行くよ……!!」
そして、自分の手を引き、壁際から連れ出してくれる。
(ココが変わらないでいてくれて、良かった……)
レイナはぐいぐいと手を引かれながら、その感覚にしみじみと身を任せる。
言い方はキツイけれど、遠慮なく自分と渡り合ってくれる優しい優しいココ。
それなのに、そんな彼女とも約一年近く連絡さえ絶っていたのだから、確かに自分はとんでもない臆病者だ。
ということで、ココに手を引かれ、バーカウンターにてグラスと微発泡酒をゲット。
皿にいくつかツマミを盛って、二人で他愛ない会話をしながら過ごしていたところ、ふと、背後に気配を感じた。
「うーん……? そこにいるのは……オルマイン大尉ではないか……??」
今回は、ココの時とは違い、声をかけられる前にきちんと気配を察知した。
もっとも、人の多い立食パーティだ。
自分のまわりを多くの人が行き交うわけで、それをいちいち察知していたらキリがない。なので、敢えてひとつひとつ気にかけないようにしていたのだが、彼の気配は異様であったため、嫌でも神経を刺激された。
その気配を察知したのは、レイナだけではない。
「……は? なに??」
レイナよりも先に、相手をキッと睨みつけて振り返ったのは、ココであった。
もちろん、この気配にココが気付かないわけもないのだ。
そして、レイナも彼女に続いて振り向けば、二人の後ろには王家の紋章を堂々とひけらかす魔導士礼服の男が立っていた。
輝かしい金髪、こちらを見下すような蒼の目、金色の飾緒を肩からギラギラとなびかせて、その礼服は国家魔導騎士団の団員たちも、よほどのことがないと装着しないような仰々しい出で立ちである。
「貴様には声をかけていない、田舎町の保安官め。僕は、そこの大尉に挨拶をしにきたのだ」
人形か? と疑いたくなるくらい、綺麗に揃えられすぎた金髪である。
騎士団の制服を着ているからには、この男も、紛うことなく国家魔導騎士団の団員だ。
しかしながら、多くの団員たちは、男も含めて髪をあまり切らない。遠征のさい、まともな散髪ができずに中途半端に伸びてしまうくらいなら、結わえられるくらいに伸ばしておく、という考え方が主流。
なので、短髪の騎士など物語の中でしか見ることもないのだが、その仰々しい礼服の影響もあって、まるで物語の登場人物みたいだ。
「はあ……なんかあんた、くるみ割り人形みたいだね」
しっかり決まっているはずなのに、なぜだか滑稽に見えるその恰好を、ココは的確に表現してくれる。
「くるみわっ……!? なにを……!? 田舎者は本当に礼儀がない……!! 貴様こそなんだそのアバンギャルドな服装は……!!」
「アバンギャルドではないし……別にアバンギャルドでも良くない? パーティなんだから」
「場に不適切だと言っている! TPOを考えろ!」
「それさっき、あたしがレイナに言ったやつ。……せっかくのパーティなのに仕事着はやめなよー、って、思ったけど……くるみ割り人形になっちゃうよりは、仕事着で良かったのかも」
「くるみは割らない!! これは由緒正しい国家魔導騎士団の正装だぞ!!」
面白いくらい古典的な魔導士の正装を纏うこの青年の名前を、リックと言った。
学園時代は、こちらも成績優秀者。
ココとは常に順位を争っていたのをよく覚えている。
魔導士学校を卒業して、国家魔導騎士団に入団できるのは毎年本当に一握りの生徒のみ。十人もいれば今年は豊作だ、なんて言われる。
その選ばれし騎士団入学資格取得者に、レイナは言わずもがな、ココとリックも選ばれた。
しかしながら、ココは「王都に勤めるつもりは最初からなかった」と言い放ち、せっかく取得した資格を放棄。生まれ故郷に戻って地方保安魔導士となり、今は地元の治安維持に努めている。
そんなわけで、今現在、国家魔導騎士団に所属している同窓生は、レイナとリックを含めて、わずか五人程度だ。
「僕は、こんな無礼な田舎者と戯れに来たわけではない。――オルマイン大尉、この後、余興として魔術技組手が行われるそうだ。ぜひとも、手合わせ願いたい」
なので、リックはレイナにとって数少ない同窓生兼同僚――なのだが、決して、心の距離が近いとは言えない。
「ええ……組手……?」
と、思わず、レイナは言い淀んだ。
魔術技組手は、魔術技の基本練習だ。
学園時代は何かと実戦形式で対戦をさせられたものだし、騎士団に入ってからも鍛錬として組手をさせられることはしばしば。
騎士団に入らなかった同窓生たちも、趣味として魔術技を磨いている者は少なくなかろうし、バーティ会場で実戦形式の試合が見られれば盛り上がること間違いなしであった。――だが、それは、実力が拮抗していればこそ。
「いやー……あたしは、いいかなぁー……」
ギラギラと睨みつけてくるリックの蒼瞳に気圧されつつも、レイナはやんわりと断りをいれた。
「なぜだ! 逃げるのか!!」
「逃げるっていうか……ほら、まだご飯食べてる途中だし……」
「状況は、皆同じだ。食事の途中であれ一度皿を置いて舞台に上がれば良いことだろう」
「いやー……今日は、ゆっくり食べたいかなぁー……?」
「逃げるな、レイナ・オルマイン。このリック・ユクセールと戦え」
どこまでも威圧的なこの青年も、まったくもって、学園時代より変わっていなかった。




