7.森の魔物
村の者から借りた馬に乗り、ザングとノイはキアの森を目指していた。
ザングとノイは、どちらも馬を操ることが出来る。
これはクラウス・アーレントから仕込まれたことだ。
クラウス・アーレント。
元傭兵にして、ザングとノイを拾い上げた人物。
「……ふッ」
馬の上でザングは笑みをこぼした。
ザングにとってクラウスは恩人だった。
日常の事柄や世の中の常識。この世界で生きる術をクラウスに教え込まれた。
「爺さん、あんたが死んでもうすぐ一年か。あの世で見ているか? そこそこ……上手くやれているだろう?」
「ザング、なに笑ってるの?」
馬で並走するノイがそう尋ねた。
「ああ、爺さんのことを思い出してな。こういうのは何と言うべきか? 懐かしい……であっているか?」
「うん。たぶん正解」
「ノイ、お前は爺さんのことを思い出すことはあるのか?」
「あるよ。クラウス爺はわたしにとっては、本当の親みたいなものだったし。たまにクラウス爺のことを思い出して泣いたりしてるし」
「……本当か?」
「うそうそ、冗談だって。わたしはもう子供じゃない。いつまでも泣いてたら、クラウス爺に心配かけちゃうからね。それに、わたしにはザング居るから平気だよ」
「……」
「何か言ってよ」
「メリラも同じようなことを言っていたな」
「うん、そうだね」
「俺には……分からないことだな」
「もし、わたしが居なくなっても……分からない?」
「さあな。その時になってみないことにはな」
「えー、なんか冷たくない?」
「だが、お前が居ないと困るのは事実だ。だから居なくなるな。できれば傍に居ろ」
「それってもしかして……愛の告白?」
「いいや」
「えー、ここはそうだって言う場面でしょ」
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キアの森は、樹木が生い茂る巨大な森だ。
この森には様々な生き物が生息している。
豊富な食料を抱える豊かな森は、生き物たちにとっての楽園と言えた。
しかし今、その森であきらかな異変が起こっていた。
「嫌な気分だ」
森を目の前にして、ザングは顔をしかめた。
「口で言うのは難しいが……瘴気、とでも言えばいいのか?」
それを聞いてノイは頷いた。
「うん、わたしも感じる。森から濃い瘴気の気配……」
「お前も分かるのか?」
「分かる」
「ノイ、思ったよりも厄介なことになっていそうだ。お前はここで待っているか?」
「まさか。わたしも行くよ」
「守ってやると約束はできないぞ?」
「いらない。わたしも一端の傭兵。自分の身は自分で守る。それに、覚悟はできてる」
「分かった。では……行くぞ」
二人はキアの森に踏み入った。
それから五分も経たない内のことだ。
現れたのは巨大な猪。
人よりも大きいその猪は、まるで岩が動いているかのようだった。
「ロックボアか。ノイ、ロックボアの危険度を覚えているか?」
「勿論」
「では、敵戦力の評価を述べてくれ」
「クラウス爺の定めたロックボアの危険度は三。一から六の六段階評価で、真ん中の位置。これは小隊クラスが相手して何とか倒せるってレベルだね」
「一個小隊は、だいたい三十人程度だったな?」
「そうだね」
「いいだろう」
その瞬間、ザングの爪が黒色に変化し、鋭く伸び始めた。
ロックボアは戦闘態勢に入っているが、慎重にザングとノイの様子を窺っている。
「ザング、わたしがやる。ザングは周囲の警戒をお願い」
「一人で大丈夫か?」
「よゆー」
ノイは腰のベルトに手を伸ばした。
鞘から二本の短剣を抜き、左右で一本づつ握る。
そして、軽く息を吸う。
「いくよ」
その瞬間、ノイの姿が消えた。
次にノイが現れたのは、ロックボアの背の上だった。
「ヴォオ!?」
ロックボアは意表を突かれた。
二本の刃が躍る。
ザクザク、とロックボアの体に突き刺さる。
「ヴォオオオオオオ!」
痛みと怒りにより、ロックボアは咆哮を上げる。
ロックボアは、脚を蹴り上げて森の木々へ突進。
太い樹木が簡単にへし折れるが、それは意味のない行動だった。
「遅い遅い」
挑発するような少女の声をロックボアは聞いた。
だが、その少女の姿が見当たらない。
そうしているうちに、また体に刃が突き刺さる。
「ヴォオオオオ!」
ノイの動きは単純に速かった。
ノイはロックボアに姿を捕捉されることなく、一方的に刃を突き刺していく。
それを可能としているのは、主に二つ。
一つは魔力操作技術の高さ。
体に漲る魔力を操作し、爆破的に身体能力を高める技法。
ノイは人の何倍もそれが得意だった。
二つ目は卓越した戦闘センス。
敵の動きを予想し、どう動けば効率よく倒せるか。
ノイはそれを自然に理解する。
「流石だな、ノイ」
ノイの戦闘能力の高さはザングも認めるところ。
ロックボアは暴れ回るが、ノイはすべての攻撃を躱す。
やがて、決着が付いた。
全身を穴だらけにされたロックボアの巨体が地面に沈んだ。
赤い血だまりの中で、ロックボアは息絶える。
「どう?」
ノイは期待の眼差しをザングに向けた。
「よくやったノイ。すごいぞ」
「やった。ザングに褒められたー」
両手を上げて喜ぶノイ。
だがその喜びも束の間、新たな脅威が現れた。
ズドン、と大地を踏みしめて現れたのは巨大な鶏の姿をした魔物。
「おいおいどうなってる。何故コカトリスがこんなところに居るんだ?」
コカトリスと呼ばれるその魔物は、本来ならもっと標高の高い場所に生息しているはずだ。
「おかしいね。この森で何かが起きてる……」
「まあ、考えるのはあとだな。ノイ、コカトリスの危険度は三だったな?」
「そう。危険度はロックボアと同じだけど、あの尾から生えた蛇には注意して」
奇妙なことにコカトリスの尾から蛇が生えていた。
その蛇は、殺意を宿した瞳でザングとノイを睨みつけている。
「ザング、わたしがやろうか?」
「いいや。順番的に次は俺だろう」
「そっか」
ザングは前に出てコカトリスを見上げる。
「来い」
それを挑発と取り、コカトリスは大きく鳴いた。
「ギイイイイイイッ!」
コカトリスが動き出す。
巨体が途轍もない速度でザングへと迫る。
それはすでに、大質量の凶器だった。
コカトリスの突進をまともに受ければ、人間などひとたまりもないだろう。
それをザングは敢えて前に飛び出し、コカトリスに接近。
そしてザングは姿勢を低くして、コカトリスの腹に拳を突き上げた。
空気が爆ぜるような轟音。
ザングの拳の威力により、コカトリスの巨体が浮く。
「ギグッ!?」
コカトリスは地上から約五メートル打ち上げられ、完全に無防備を晒す。
それを見てザングは自らも飛び上がり、右腕を払った。
コカトリスの首が飛ぶ。
コカトリスの血が雨のように降り注ぐ中、ノイは呟く。
「やっぱり、ザングには敵わないな……」




