6.あらくれ者
少しだけ息苦しさを感じた。
重大なものではない。
だが、眠りから覚めるには十分だった。
「何をしている……ノイ」
腹の上でノイが胡坐を組んでいた。
「ようやく起きた。今日は随分とお寝坊さんだね」
そう言ってノイは、身軽な動きでザングの腹の上から飛び降りた。
自由となったザングは、顔を窓の方へ向ける。
「明るいな……。確かに、寝すぎてしまったようだ」
ベッドから起き上がるザングにノイは言う。
「この家のベッド、寝心地がいいもんね。流石、村長の家だけはある」
「ああ……そうだな。だが……どうも嫌な気分だ。胸糞悪い夢でも見たかのような……」
「大丈夫? なぐさめてあげようか?」
「不要だ」
「そっかー。あ、メリラさんが朝食を作ってくれてるって。早く行こう」
「それはありがたい」
そして二人は二階から一階へと下りた。
「あら、よく眠れましたか?」
一階の居間でメリラにそう声を掛けられた。
「ああ。部屋を貸してもらって感謝する。それに、朝食まで……いいのか?」
「勿論です。まずは顔を洗ってきてくださいな。外に井戸がありますので」
「わかった。そうしよう」
ザングとノイは家から外に出た。
外に出ている村人は殆ど居なかった。
まだ早い時間だ。
もう数刻もすれば村人たちも活動を始めるだろう。
この村の人口は五百人程度といったところか。
小さな村だが、戦える者たちは何人か居るようだ。
だがこの村に防壁はない。
魔物の群れに襲われたのなら、この村はひとたまりもないだろう。
キアの森に多くの魔物が生息していることは、村人たちにとっては恐怖でしかないはずだ。
「朝食を食べたらさっそく出発するぞ」
「はーい」
そう会話をしながら井戸に辿り着いた。
そこに先客が居た。
「あん? 見ない顔だな。ああ、てめえらがそうか」
そう言ってザングに顔を向けているのは、大柄な男だった。
年齢は四十代ぐらいか。
「誰だ? お前は」
そのザングの問いに男は答えた。
「ウォーレン・ガルランド。傭兵だ」
「傭兵? 俺たちと同業か」
「てめえらのことは知ってるぜ。てめえがザング・アーレントだな。そんでそっちの嬢ちゃんがノイ・アーレントか」
「なぜ知っている?」
「てめら噂になってるぜ。ギルドにも所属してねえ新参者が、この辺りで荒稼ぎしてるってなあ」
「べつに、依頼された仕事をこなしているだけだがな。お前はギルドの者か?」
「そうだ。傭兵ギルドから与えられた等級は二級だ」
「二級か。大したものだな」
傭兵たちで構成された傭兵ギルド。
ギルドの組員には、一級から五級までの等級が与えられる。
一級が最上、五級が最低であり、組織への貢献度や戦闘力、問題解決力など総合的な能力によって等級が決定される。
と言っても、荒事稼業の傭兵においては、やはり戦闘力が重要となり、基本的には等級が高いほど戦闘力が高いとされる。
「二級と言えば、一人で軍の大隊規模の戦闘力を持っているって言われてるね。この国の正規兵の場合、大隊は三百人前後で構成されるから、つまりこのおじさんは一人で並の兵士三百人分の強さってことだね」
そのノイの発言を聞き、ザングは言う。
「それで、その偉大な二級様が何故この村に居る?」
「決まってんだろ。村の人間から魔物退治の依頼をされたからだ」
「なに? それはキアの森のことか?」
「そうだ」
「つまり、依頼の重複か」
「そういうことだ。だが安心しろ、キアの森には俺が行ってやる。だからてめえらは、家に帰っていいぜ」
「いいや、帰らんさ」
「ああ?」
ウォーレンはザングとの距離を詰めた。
ザングも長身だが、ウォーレンはそれ以上だった。
ザングを見下ろしながら、ウォーレンは脅すように言う。
「若造が。俺の言ってることが分かんねえか? 危険な森には俺が行ってやるから、怪我しねえ内に帰れって言ってんだよ」
「その台詞はそのまま返そう。危険な場所には、より強い奴が行った方がいいからな」
「てめえ……舐めた口を利きやがって。俺よりお前の方が強いって言いたいのか?」
「事実を言ったまでだ」
「おもしれえ。人が優しく言ってやってんのに調子に乗りやがって。口で言って分かんねえなら、体で分からせてやる」
ウォーレンは殺気を放ち、拳を振り上げた。
その戦う意志を受け、ザングは嘆息をもらした。
やれやれ。
面倒だが、襲い掛かってくると言うのなら迎え撃つまで。
「待って! 待ってください!」
そう言って慌てて駆け寄って来るのはメリラだった。
「この村で争いは止めてください!」
「メリラ、このウォーレンと言う男にも依頼があったようだが、どういうことだ?」
「ご、ごめんなさい、ザングさん。村の者がウォーレンさんにも依頼していたようでして……さっきまで私はそのことを知りませんでした。私の管理不足です。本当に申し訳ありません」
「そうか。それで、俺たちはどうすればいい? 依頼は取り下げか?」
「いいえ。キアの森の調査は、両名にお願いしたい。人数は多い方がいいと思いますし、いかかでしょうか?」
「それは依頼主が決めることだ。了解した。では予定通り、朝食を食べたら調査へ行くとしよう」
「お願いします。ウォーレンさんもそれでいいでしょうか?」
「あ……ああ、それで構わねえよ……メリラさん」
ウォーレンは殺気を完全に抑え、気まずそうに返事した。
ザングは意外に思った。
この荒っぽいウォーレンのことだ。
怒りの声を上げて反論でもするのかと思いきや、急におとなしくなった。
それに、ウォーレンの顔が少し赤い。
「ああ、つまり惚れ―――」
「ザング」
「なんだ? ノイ」
「また面倒くさいことになるから、それ以上は言わない方がいい」
「そうなのか?」
「そう」
「……分かった」
「さ、早く顔を洗って朝ごはん食べよ」
「そうだな」
それからザングとノイは井戸の水で顔を洗って、メリラと共にメリラの家へと戻っていった。




