10.白い空間
真っ白な空間に放り込まれた。
途轍もなく広く、遠くに目を凝らしてもずっと白い空間が続いている。
「これが結界の中か」
ザングは興味深げに周囲に目を向けている。
「そうみたいだね。無限に続く空間。無限結界……ってところかな」
ノイがそう答え、ザングは低く唸るように応じる。
そしてザングの視線は、ある一点で固定された。
「あれは何だ?」
それは、この空間で唯一の物質。
天井のないこの空間で、どこまで高く伸びるその物質は、巨大な柱だった。
白い空間と同化するような白色の柱。
その柱から漏れ出る瘴気を感じて、ザングは顔をしかめる。
「瘴気の大元はあれか」
「うん。そのようだね」
「さてどうするか。あの柱を壊せば瘴気が消え去ると思うか?」
「うーん。勘だけど、たぶん逆効果だと思う」
「だよな。ではどうするか……」
壊して解決なら話は早い。
だがそう簡単な問題ではないようだ。
瘴気の大元はあの柱だが、柱自体には瘴気を放つ機能はないと思われる。
あの柱は言うなれば蓋だ。
蓋の隙間から瘴気が漏れ出ているにすぎない。
だから、蓋を壊してしまったら洪水のように瘴気が溢れ出てしまうだろう。
「しかたがない。一旦もどるとするか。ここに来た時と同様、あの魔法陣の上で念じれば森に戻れる、だったな?」
「うん、そのはず」
アムトス村に戻ってこのことをメリラに報告する。
そう決めた時だった。
ザングたちの前方の床に新たな魔方陣が浮かび上がった。
「なんだ?」
疑問を浮かべるザングはノイの方に顔を向けようとするが、その前にその者は現れた。
「ネズミが二匹入り込んでいたか」
魔方陣から現れたのは、若い男だった。
白い肌に青い髪。
顔立ちは整っているが、特徴と言えるところはなかった。
ある一点を除けば。
「ツノが生えてる……?」
ノイの視線は男の頭部に注がれていた。
男の頭から生えた二本のツノ。
それは、この者が尋常の者ではないという証拠だ。
男は不快感を露わにして右手を前に突き出した。
「死ね」
と男が発すると同時に、男の右手から黒い塊が放たれた。
それは、炎のように蠢き続ける黒い力の塊。
黒弾。あるいは魔弾と言うべきか。
その魔弾が途轍もない速度でザングとノイに襲い掛かる。
ノイは反応が遅れた。
予想していなかった男の攻撃に、一瞬だけ体が固まる。
その間に、目と鼻の先に迫る魔弾。
初めて見る攻撃だが、直撃すれば命に関わる。
ということをノイは感覚で理解する。
その瞬間、ノイは体が浮くのを感じた。
「ノイ、気を抜くな」
気が付けば、ザングに体を抱えられていた。
ザングは素早くノイを抱え上げて、魔弾を躱したのだ。
「ご、ごめんザング。いや、ありがとう……かな」
「ああ」
と短く返事をして、ザングは男に鋭い視線を向ける。
「おい、いきなり御挨拶だな」
「躱すか。すばしっこいネズミめ」
そう言って男はまた右手を前に突き出した。
「おい待て。できれば話し合いがしたい。俺はザング・アーレント。ここに来た目的は―――」
「死ね」
魔弾が放たれた。
直進する魔弾は、標的に命中。
血が飛び散り、周囲を赤く汚す。
「やってくれたな」
そう言って余裕を見せるザング。
だがザングは、明らかに重傷を負った。
ザングの左肩から血が溢れ続けている。
魔弾がザングの左腕を吹き飛ばしたのだ。
「外したか」
「当たってるさ」
「そこを動くな。次は頭に当てる」
「悪いがそれには応じれないな」
ザングの発言を無視し、男はまた魔弾を放った。
襲い掛かる黒炎の魔弾
次は油断せず、ザングは素早い動きで躱す。
そのザングの動きは、異常とも言える速さだった。
一瞬で男との距離を詰めるザング。
その速さに男は瞠目した。
「―――なッ」
「お返しだ」
ザングの黒爪が男の左腕目掛けて振るわれる。
この間合いで、ザングの黒爪を躱すことは不可能。
それは経験から得たザングの確信。
その確信通り、男は黒爪を躱せなかった。
だがしかし、男は傷つかなかった。
男を守るように、魔法陣が浮き出た障壁が出現していた。
黒爪がその障壁に弾かれた。
「これは―――」
「次こそ死ね」
魔弾が放たれ、ザングの頭部に直撃。
魔弾がザングの頭を消し去り、ザングは頭部の無い肉塊と化した。
ザングの首から大量の血が流れ続ける。
それは、生物としての死を意味する。
頭部を失って生きている生物はいない。
ゆえに男は、もう一人の侵入者に目を向けた。
「次はお前だ」
男は離れた位置にいるノイに向けて右腕を突き出した。
「わたし?」
ノイは人差し指を自分に向けて、少し驚いた表情を浮かべている。
ザングが死んだと言うのに、あまり動揺していないようだった。
それには理由があった。
「おいおい、俺の相棒に手を出されるのは困る」
あり得ないことが起きていた。
頭部が消し飛んだはずのザング。
そのザングの声が聞こえた。
「ば、馬鹿な……」
男は目を見開いてザングを見つめる。
そのザングの首の上には、確かに頭が乗っかっている。
さらに、失った左腕さえも元に戻っていた。
「貴様……何者だ……?」
「傭兵。ザング・アーレントだ」




