彼女がつくりだす笑み
一瞬何の話かわからなった。それがあの船の上での話であることに気づくまで、刹那の時間を要した気がした。桜花の恨みを爆発させた顔は、じっと俺の目を凝視させる。まるで俺の心臓に直接問いただしているようで、強い怒りが桜花の瞳から伝わってきた。
「わたしなんか、助けられる必要なんてどこにもなかったのです。どうして助けたんですか?」
「…………」
いつもの桜花の声と比べると、一オクターブほど低い。そういえば前にもこんな声を出していたな。だからこれはあの時と同じ、偽物の桜花なんてものではない。ともすれば……。
「どうして黙ってるんですか? 何か言い返してきてくださいよ!!」
そもそもその質問に答えなんて必要だろうか? 船の上で俺はあの儀式を行っている最中、ふと隣りにいた桜花の異変に気づいてしまった。もし気づいていなかったら、桜花は今ここにいない可能性だってあったのだ。そんな当たり前のこと、最初から質問にさえなっていない。
だけど、だから俺は今ここで、桜花の本心を確認しておく必要がある。
「桜花……」
俺は右手中指の先端で、彼女の髪に触れる。俺が守りたい彼女のこの横顔。彼女は小動物のように少しびくっとなり、一瞬僅かに後退りする。だが後ろに下がったのは半歩のみで、俺はそれを確認すると、彼女の小さくなった身体全体を両腕で抱き寄せた。彼女はもう一度反発する。もう半歩後ろに下がったかと思うと、やがて強張っていた身体から緊張が解れていくのが伝わってくる。
「ご、ごまかさないでください! こんなことでわたしの質問に答えられるとでも!?」
「わかんねーよそんなの。でもお前が思ってること、俺に全部話せ」
「わたしの思ってること………ですか?」
彼女の声音が少し柔らかくなる。そろそろこういうのも面倒くさくなってきた。
「第一お前、元はそんな丁寧語を語尾につけるような性格じゃないだろ?」
「それは…………」
「だったらそういうの全部やめろ。その作り笑いや愛想笑いも、全部……」
「つまりわたしは笑ってはいけないってことですかね。あはは。冗談にしてはきついな」
「そういうこと言ってるんじゃねーよ!」
今のそれみたいにいかにも作りましたという顔はもう散々だ。声のトーンを無理に上げて、自分を着飾って、俺だけじゃなく霜宮にも望まれてないようなキャラを演じるのはそろそろ終わりにしてほしい。
せめて、俺の前だけでは……。
「お前のままでいてほしい。これから一生、俺が傍で守ってやるから」
彼女の両肩を再びぎゅっとする。細い。頼りない。だから、守りたい。
こんなにも小さな身体で一人でいろいろあれこれ考えて、誰一人と側に寄せ付けようとしない。まるで真っ白い迷い猫のようだ。だけど俺が守りたいのはそんな彼女じゃない。いやそれだけじゃなくて、もっと儚い桃色の花弁の一枚一枚全てを、ずっと見守っていたいと思ってるんだ。だってそうだろ。こんなにも美しくて愛おしいもの、俺はこの部屋に初めて訪れた時からいつまでもずっと見ていたいと思ってしまったのだから。
これはただの兄妹愛なのだろうか。そんなのわからない。
俺には妹なんていたことが……あ、他にもいたわ。
だけどそれとは違う。
こんな感情、あっちの妹に抱いたことなんてないのだから。
それって……?
登場人物
嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員
霜宮朱実: 心臓に氷を宿す元物理化学部員
嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務
浅川春斗: 桜花の双子の実兄。霜宮とも仲が良かった
嵯峨野千鶴: 泰史の母。意外にも土日は絶対仕事しない
読んでくださり、ありがとうございます。
たまには実妹も思い出してあげてください! >泰史くん
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カクヨムでも連載しています
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