帰宅
船はハーバーへと戻り、その場で桜花の両親とは別れることになった。
桜花には『あっちの車に乗らなくていいのか?』と問うと、首を横に振るのみ。久しぶりの両親との再会なのだから、たまには一緒でもいいのではと思ったのだが、互いにまだわだかまりがあるのだろうか。桜花の両親もその様子を確認すると、黒い自家用車で帰ってしまった。なんか運転手付きのめっちゃ高級そうな外国車だったのだけど、まぁ家が家なだけに当然か。
桜花を含めて、俺と母、そして霜宮の四人は、帰宅途中のファミレスで昼食を摂ることにした。注文したものはどういうわけかみんなパスタ。多少種類の差はあれど、これならファミレスじゃなくてパスタ屋さんの方が良かったのではないだろうか。母は『ファミレスならではのドリンクバーの気軽さがいいんじゃない!』などと女子高生っぽい台詞を宣っていたが、それも多少の重苦しさを緩和させるつもりでそう言ったのかもしれない。
俺と母はともかく、霜宮と桜花はまだ表情が晴れなかった。
こんな日であるからして、仕方ないことではあるけどな。
昼食を食べ終えると、母はまず霜宮を家まで送り届け、その後俺と桜花の住むアパートまで車を走らせた。車を降りた途端、五月の風が俺と桜花を包み込む。そして何事もなかったように駆け抜けていった。
「桜花ちゃん。たまにはうちに遊び来てもいいんだからね?」
帰り際、母が車の窓を開け声を掛けてきた。
「え、でも……」
「いつも泰史の面倒見るの大変でしょ? この前みたいに気晴らしに。ねっ!」
「あ、はい。わかりました。今日はありがとうございます!」
にっこり笑顔を返す桜花。急に呪いが解けたような声に変わっていた。
……じゃなくてこの前ってどの前? 気晴らしって何の気晴らしだよ!?
「じゃ、泰史。あとはよろしく頼むわよ」
お、おう。と頭を縦に下げて返事をする。最後の方、諸々聞きたいことがあったけど、母は完全に逃げるようにぴゅんと車を発進させた。残された俺と桜花はとりあえず母の車を見送ることしか許されず、数秒の間そのまま立ち尽くしていたように思う。
「行こっか」
そう声を掛けても、桜花は頷くこともしない。
船を降りて以来、桜花は俺の手を握ってくることはなかった。
部屋のドアを開け、桜花も中に入ったことを確認すると俺はドアを閉める。
ゆっくり止まりかけていた時間が急速に流れ始めたのは、この瞬間だった。桜花は俺の右腕を強く掴んだかと思うと、そのままリビングへ連行するように歩みを進める。まるで船の時とは逆だ。何が起きたのだろう。俺は頭の整理も追いつかないまま、なされるがまま桜花に続いてリビングの中に閉じ込められてしまう。
質素で無機質な部屋。男女の高校生二人が暮らすには十分すぎる程度の物しかない。俺は桜花にじっと睨まれ、いつしか壁際に追い詰められていた。……この態勢、壁ドンか?
「どうしてわたしを助けたんですか?」
桜花の重心が低い怒声は、静かな部屋にずしんと衝撃を与えた。
登場人物
嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員
霜宮朱実: 心臓に氷を宿す元物理化学部員
嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務
浅川春斗: 桜花の双子の実兄。霜宮とも仲が良かった
嵯峨野千鶴: 泰史の母。意外にも土日は絶対仕事しない
読んでくださり、ありがとうございます。
いよいよエピローグ。残り4話です!
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