離れる視線と離れない手
小皿は最後に俺の母へと渡り、壺の中身も遂には空になった。
お坊さんの読経も聞こえなくなると、大人たちは互いに軽く会釈を交わし、また船内へと戻っていく。やがて船のモーター音が聞こえ始め、徐々に海の上を加速していった。
さっきまでいた場所の景色が、みるみるうちに小さくなっていく。桜花の視線はずっとその場所から移動しようとしなかった。遠くなればなるほど桜花の右手の力は強くなっていき、俺の左手の痛みは増すばかりだ。だが今はそれを口に出すわけにもいかないか。
「大丈夫……?」
見かねた霜宮が俺にそっと声を掛けてきた。さすがに状況はバレバレだったらしい。
「霜宮さん。どうかしましたか?」
「…………」
だが俺が返事をする前に、次の言葉は桜花に奪われてしまった。
……こいつ、わざとか?
「いえ。そこの人がさっきから苦虫を潰したような顔をしてるので」
「そこの人言うなし!」
「タイシくんならいつもこんな顔ですよ? いつも頼りない顔してるのは霜宮さんもご存知ですよね?」
そう言いながら桜花の右手の圧はさらに強くなる。だから痛いっつーの。
「まぁ桜花がそう言うならそれでいいのだけど」
「いや、よくないからな?」
「ええ。こんな人の心配なら一切無用ですよ。元々頼りないですから」
「こんな人とかも言うなし!」
霜宮には『そこの人』扱いされ、桜花にも『こんな人』扱いされるとか、俺の立場って一体何なのだろう。がくっと脱力していく瞬間に、霜宮がふぅと溜息を溢す姿が視界に入ってきた。さらに言うと、その時の霜宮の口がこんな風に動いた気がしたんだ。
『ばーか』と。口元はだいぶ緩んではいたけれど。
結局桜花は、船を降りるまでずっと俺の左手を離さなかった。
だけどずっと同じ格好で握っているのも疲れてしまったのか、何度か握り直していることにも気づいていた。人差し指から小指までを一気に掴むのは力がいるので、人差し指だけを掴んでみたり、親指だけを掴んでみたり、はたまためんどくさくなって全ての指と指の間に自分の指を挟んでみたりと。いろいろ彼女なりに試していて、なんとなく遊んでいるようにも思えたくらいだ。
……いや待て。よく考えたら最後のって、恋人つなぎってやつだろ。
こいつそういうの知っててやってたのか?
登場人物
嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員
霜宮朱実: 心臓に氷を宿す元物理化学部員
嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務
浅川春斗: 桜花の双子の実兄。霜宮とも仲が良かった
浅川誠: 桜花の実父。経済に強い元県議会議員
浅川母: 桜花の実母
嵯峨野千鶴: 泰史の母。意外にも土日は絶対仕事しない
読んでくださり、ありがとうございます。
無事(?)、儀式も終了です。
次回からはいよいよエピローグとなります。
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カクヨムでも連載しています
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