右手の痛み
「桜花……?」
桜花は弱々しい目で俺をまだ睨んでいる。怒りというより、恨みという言葉が近いかもしれない。すると背後からぽんと肩を叩かれた。振り返ると霜宮が『どうしたの?』と無言の顔を向けてきていた。俺は何もなかったふりをして、首を横に振る。霜宮はやや首を斜めに傾げたが、その際に俺の左手と桜花の右腕に様子に気づいたようだった。
俺の左手には未だ桜花の細い右腕がある。今にも折れそうなほどに柔らかい腕。
再びぎゅっと強く握りしめ、互いに痛みを感じるほどに長い時間が続いてるかのようで。
「桜花。……ほら、これ」
俺は再び小皿でそれを掬うと、それをそのまま桜花の左手に手渡そうとする。だけど桜花は元々右利きのため、思わず小皿を掴みそこねた。右腕の方は俺の左手に拘束されているため、どうにか慣れない左手の動きで対処しようと苦心していた。やっと彼女が小皿を掴んだことを確認すると、俺はゆっくりと小皿から手を離した。
桜花は自分の視線の高さに小皿を持ってきて、そこへ消え消えの声を掛けた。
「お兄ちゃ……」
彼と彼女。どれだけ二人は一緒に同じ時を過ごしてきたのだろう。俺には双子の兄妹なんていたことないからわからないが、もしかしたらそれは合わせ鏡のようなものなのだろうか。そもそも双子なんだから、どっちが兄でどっちが妹かなんてあまり関係ないようなと、そんなことまで考えてしまった。
でも確かに今、桜花は彼のことをそう呼んだような気がしたんだ。
……俺はまだそう呼ばれたことがないんだけどな。そんなのただの嫉妬かもしれないし、もしくはまだその立ち位置にいないだけかもしれないが。
桜花は小皿に向かって、ふぅと息を掛けた。
白い粉はその場で散っていき、やがて青い海と空の狭間へ消えていく。
まるで白い雲のように、ふわふわと拡散して、遂には見えなくなった。
気がつくと俺の左手は、いつの間にか桜花の右手を握っていた。
さっきまで掴んでいたのは右腕だったはずなのに、桜花の右手も俺の左手をぎゅっと強く握り返してきている。俺が持ち替えなければこうはならないはずだけど、いつからこうなっていたのだろう。
ぶっちゃけ、痛い。
この痛みの正体は、『わたしはこれからも生き続ける』という妹としての誓いなのだろうか。それともただの彼女の恨みなのだろうか。
登場人物
嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員
霜宮朱実: 心臓に氷を宿す元物理化学部員
嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務
浅川春斗: 桜花の双子の実兄。霜宮とも仲が良かった
浅川誠: 桜花の実父。経済に強い元県議会議員
浅川母: 桜花の実母
嵯峨野千鶴: 泰史の母。意外にも土日は絶対仕事しない
読んでくださり、ありがとうございます。
というより双子の兄妹っていろいろ大変そう……
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