誓いと異変
壺は霜宮が両手で抱えていて、俺はそこから小皿で掬う。
正直、俺は彼に会ったことはないし、話したこともない。だからどういう感情を抱けばよいのか、正解がわからなかった。霜宮と桜花には彼との思い出が山ほどある。そうでない俺は、つまりもしかしたら桜花の代わりに俺が彼を見送るとか、そう考えるべきなのかもしれない。
小皿の上の彼を見つめる。なぜだろう。その瞬間やはり何かが違うと感じたんだ。
俺は霜宮でも桜花でもない。そんな感情や想いとやらは彼女らに任せるべきで、俺は彼に別の言葉を掛けるべきだと気がついた。だって彼女らはこんなにも頼りない奴らで、自分の本当の言葉すらまともに出てきやしない。不器用で、性格が折れ曲がってて、何度支えになってやりたいと思ったことか。
でもこれまでの俺はそれができなかった。俺も不器用だから。今だって桜花にどう声を掛けるべきかまだ答えを見つけられていない。今ここで空を見上げるだけの桜花のことや、そんな桜花を護るべく頑なに強気な態度を見せようとする霜宮。互いに言いたいことは山程あるはずなのに、互いに何も言わず牽制し合っている。こんなのが彼を見送る最後の姿で、本当にいいのかって。
だから俺は彼に、こう声を掛けて見送ることにしたんだ。
桜花はこれから一生、俺が……
そう無言の誓いを立てたのと、視界の真横で異変を感じたのはほぼ同時だった。
小皿から溢れていく砂と同時に、俺の真横で桜花が飛び出そうとしたのだ。
慌てて俺は左手で桜花の右腕を掴む。肉感などほぼ感じない細い骨をそのまま掴んでるような感覚は、やがて振り払おうとする強い反発にあう。桜花は俺をきっと睨んできた。『離して!』と、鬼のような顔を向けてくる。何をしようとしているのか悟ってしまった俺は、当然それを許さず、再び桜花の右腕を強く掴み直した。
ひょんなことに、この異変に気づいているのは俺だけらしかった。桜花のやつ、俺や霜宮、はたまた両親の視線を完全に盗んでこんなことをしようとしているのだ。もし俺が桜花の様子に気づいていなかったらと思うと、改めてぞっとする。
桜花にとっては俺に気づかれたこと自体が想定外だったようで、だが掴まれてしまった右腕へ視線を落とすと、やがてふと諸々を諦めた態度になった。桜花から小さな溜息が漏れる。放心状態という表現が正しいだろうか。瞳が灰色へと変わり、ただぼんやりとした脱力感が彼女の右腕から伝わってくる。
登場人物
嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員
霜宮朱実: 心臓に氷を宿す元物理化学部員
嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務
浅川春斗: 桜花の双子の実兄。霜宮とも仲が良かった
浅川誠: 桜花の実父。経済に強い元県議会議員
浅川母: 桜花の実母
嵯峨野千鶴: 泰史の母。意外にも土日は絶対仕事しない
読んでくださり、ありがとうございます。
たまにかっこいい泰史くん・・・???
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