届かない声
桜花の父は手に持っていた小皿を、次に桜花へ渡そうと目をやった。だがすぐに諦め、隣りにいた霜宮へ視線を移動させた。無言でこくんと頷いた霜宮は、桜花の父の元へ移動する。白く乾いた小皿を受け取り、ざくっと壺の中へその手を突っ込んだ。
取り出した小皿の上には、頂きの丸い砂山が出来上がっていた。まるで掬えるだけ掬ってしまおうと、そんな彼女の強い意志さえ感じられた。彼女は目を瞑り、砂の山に向かって何か声を掛ける。彼女の口だけが動いているその光景はとても静かで、やがてお経の声と共に白砂は流されていく。
言いたいことは山ほどあったかもしれない。だけどその声はもう届かない。でもそれは桜花にさえ聞き取ることのできない言葉なのだ。どうして?と、そんな疑問だけが胸の内に残ってしまう。
霜宮のぎゅっと閉じた瞳からうっすら輝くものが映る。声が届かない。声も届かない。それが彼女にとっての無念さの正体なのかもしれない。
「桜花……?」
やがて霜宮は目を開き、桜花の方へ再び声を掛けた。
「…………」
だけど桜花は相変わらずそれを拒否する。その態度に霜宮は僅かな怒りを見せていた。まるで幼すぎる妹を叱咤するかのように、無言の圧を桜花に浴びせる。いや桜花が妹って、それはむしろ本来俺の役目のはずなんだけどな。
桜花は相変わらず不貞腐れた顔で、俺に視線を寄こしてくる。きっと意味はこうだ。『タイシくんが先にやって』と。全く同じ意図を霜宮も受け取ったのだろう。諸々を諦めた霜宮は、小皿を俺に手渡してきた。
「本当にこれでいいのか?」
俺は桜花へもう一度声を掛けた。その声が桜花にどう伝わったのだろう。冷たかったのか、温かったのか、俺にはわからなかった。桜花は視線を俺の方へは向けず、海へ向かって声を返していた。
「だってわたしはこんなの……」
言葉の続きは最後まで出てこなかった。何を言おうとして、何を言えなかったのか。それでも桜花は言いたかったはずの言葉をくいと飲み込む。ぱっちりとした瞳を閉じて、少し俯いて、やがてゆっくりと目を開く。
「……ごめんねタイシくん。やっぱしタイシくんが先でいいかな」
桜花は冷笑を浮かべていた。もしくはただの作り笑いと呼ぶのが正解だろうか。
「ごめんね。いつも困らせてばかりで、本当にごめんなさい……」
そもそも誰に対して謝っているのだろう。なぜかその向き先は俺ではないように思えた。両親に対して、それとも霜宮に対してだろうか。桜花の視線を伺ってそれを問う。眩しいくらいの桜花の黒真珠の瞳は、俺の視線を通り越して、遠い彼方、遥か空の上へ向かって話しかけてるようだった。
「おい、桜花……」
「ううん。だから、タイシくんが先でいい」
何が『だから』なのだろう? 頑なに桜花は小皿を受け取らなかったんだ。
登場人物
嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員
霜宮朱実: 心臓に氷を宿す元物理化学部員
嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務
浅川春斗: 桜花の双子の実兄。霜宮とも仲が良かった
浅川誠: 桜花の実父。経済に強い元県議会議員
浅川母: 桜花の実母
嵯峨野千鶴: 泰史の母。意外にも土日は絶対仕事しない
読んでくださり、ありがとうございます。
たまにかっこいい霜宮ちゃん(?)
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