木箱の中身との対面
デッキの端に辿り着いた大人たちは、強く吹く海の風に煽られそうになる。俺の母などは被っていた麦わら帽子を飛ばされそうになり、必死に手で抑えていた。そんな光景がどこか非日常の中の現実を漂わせてくる。緊張感とともにどこへ飛ばされるのだろう。ほんの少しだけ、糸が解れていくそんな気配がした。
デッキのベンチに残された桜花と霜宮と俺。三人の中で一番最初に歩みだしたのは霜宮だった。霜宮は桜花へ手を差し出す。だけど桜花はやはりグレた顔をして霜宮の手を拒み、自分の力で立ち上がった。おかげで霜宮の顔もやや不機嫌になる。頼むからこんな場所で喧嘩しないでくれ。と、さすがにそれは心配し過ぎというやつだ。今の桜花はああなのだからと、二人が落ち着いているのを確認し、俺も同じようにデッキの端へと移動した。
間もなくお経が聞こえ始める。決して広くない船のデッキに住職の声が強く響き渡る。
桜花の父親が木箱を開け、中から黒い漆塗りの円筒のようなものを取り出した。なるほど。あれが骨壺と呼ばれるやつなのだろう。俺は木箱が桜花の部屋にあった頃から中身を見たことがなかったけど、恐らくあの頃から中身はこの壺が入っていたのだ。もっとも壺と呼ぶには円筒だし、出てきたところでやはりそれが骨壺だと気づかなかったかもしれない。てかそういうの見るのも初めてだし。
桜花の父は壺の蓋を開ける。すると今度は桜花の母親が手に持っていた白い小皿で壺の中身を掬った。中から取り出されたものは白い砂のような何か。それが何物であるのか、もはや言うまでもない話。
それをそっと海へ還す。これが今日の儀式だ。
風に吹かれながら白く舞う粒子は、久々の陽の光を浴びて美しく輝いて見える。
だけど力なく流される姿は儚くて、そのまま蒼い空と海の中へ消えていくのだった。
俺の足は少しだけがくっと来る。俺は彼に会ったことがないし、桜花と出会うまで接点と呼べるものなど一つもなかった。それでも今この光景を目の前にすると、僅かに怖い気持ちになった。何が怖いのか俺にもわからない。ただわけのわからない恐怖心だけが微かに芽生えた気がする。
こんなの、一体誰が望んだことなのだろうと。
でも、俺でさえこんな気持ちになるんだ。俺は横目でちらっと伺う。
霜宮は右の瞳に小さな雫を浮かべている。ただこれを泣いていると表現するのは何か違うような気がした。霜宮の強く振る舞おうとする顔を見ていたら、そう言ってはいけないのだと思えたんだ。
「大丈夫か?」
「……ええ。私は」
他の誰にも聞こえないよう霜宮にそっと声を掛けると、予想通りの返事があった。恐らくだけど霜宮は誰が一番辛いのかを理解しているはず。全く同じ日に生まれ、何年も同じ時間を共有してきたはずなのに、どうしてこのような結末に至ってしまったのか。そんな彼女のことを霜宮もちらりと伺っている。
つまり、桜花の方は…………。
登場人物
嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員
霜宮朱実: 心臓に氷を宿す元物理化学部員
嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務
浅川春斗: 桜花の双子の実兄。霜宮とも仲が良かった
浅川誠: 桜花の実父。経済に強い元県議会議員
浅川母: 桜花の実母
嵯峨野千鶴: 泰史の母。意外にも土日は絶対仕事しない
読んでくださり、ありがとうございます。
少し怖いシーンが続きます。……え、怖くない?
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