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閉ざされた箱庭

 桜花(おうか)の心の叫びは、あっという間に波とモーター音の狭間(はざま)()き消された。

 そもそも桜花が言うところの全部を背負うって、どういう意味だ? どこか頼りない小さな身体で、彼女は何を守ろうとしてきて、何を守れなかったというのか。そもそもそんなの誰がお願いしたというのか。

 何もかもがあやふやで、半透明の白い雲をその手で掴もうとしてるかのような、不確かで曖昧なそんな言葉にも聞こえてしまった。


「桜花。お前が……」

 ……桜花が最後まで守りたかったものとは?

 そう問おうとした瞬間、背後に人の気配を感じた。

「ねぇ桜花。もしかして貴女(あなた)は、私にも……」

 密かに近づいてきていた気配の正体は、霜宮(しもみや)だった。が、彼女の声が桜花にも届いたであろうその瞬間、桜花は木箱を自分が座っていた場所へ丁寧に置き、立ち上がったかと思うと、即座に霜宮の身体をぎゅっと抱き寄せた。霜宮の薄い……じゃなかった、温かい胸の中へその顔を(うず)めてしまい、顔色の様子は俺からも霜宮からも見事に隠してしまう。霜宮は咄嗟(とっさ)に動けなくなり、そっと小さな小さな桜花の背中を両手で支えてあげることしかできなくなる。

 それはまるで、霜宮の言葉の続きを途中で(さえぎ)ったかのような、ふとそう思えてしまったのは俺の邪心(じゃしん)のせいだろうか。


「だってわたしが、わたしがみんなから全部奪っちゃったんじゃないですか。こんなことになったのも全部わたしのせいで、わたしが、わたしが…………」


 ああ、そうか。これが木箱の蓋の正体だったんだ。

 桜花がずっと自分の手元に隠し持っていた木箱の中身は、桜花の本音とか弱さとか記憶とか、全部まとめてその小さな箱の中に突っ込んでしまったのだろう。だから実の両親にも秘密で、自分で管理せざるを得なくなったのか。他の誰の目にも見えない鍵を掛けて、箱の正体の記憶ごと消し去ってしまっていたのだ。

 だから霜宮のことも、ずっと心の封印の中へ閉じ込めてしまっていたと。


 桜花は泣いているのだろうか。霜宮の胸を借りて隠す顔は、誰からも(うかが)い知ることができない。そうやっていつも桜花は何もかもを隠してしまう。守ろうとする。彼女の小さなプライドが、彼女自身を壊そうとする。だから俺も霜宮も、そんな彼女をただ見守ることしかできなかったのかもしれない。

 たとえ今もし彼女が泣いていたとしても、俺らは確認することさえ許されないのだから。


「桜花。……私は、貴女をいつまで待てばよいのかな?」

 霜宮は桜花へ、そっとそんな声を掛けていた。

 それでも桜花はずっと変わらない。硬くなった小さな背中に何か反応があっただろうか。俺がそれさえ見落とす程度に、桜花は相変わらず霜宮の胸の中で、じっと小さく縮こまっていた。

 だから霜宮は冷たかった両腕を柔らかくして、そっと優しく彼女の背中を撫でた。


 ずるい女の子だ。


登場人物

嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員

霜宮朱実: 心臓に氷を宿す元物理化学部員

嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務


読んでくださり、ありがとうございます。

気づくとこの小説の季節に今の季節が近づいてしまいましたね

そんな予定はなかったのだが……???

評価、感想をいただけると励みになります。


カクヨムでも連載しています

https://kakuyomu.jp/works/822139841863405829


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