力のない誓い
船内にモーター音が響き、一面の碧い海が空の青とやがて同化していく。
出港から五分ほど経っただろうか。目的地まではまだ距離があるらしい。
二十人くらいは乗れそうな船内には白を基調とした落ち着きのあるサロンスペースがある。ただ桜花は他の人の目が気になるのか、一向に船内へ足を踏み入れようとしなかった。俺もそれに付き添うことにして、船の後部にあるアフトデッキと呼ばれる場所に二人並んで腰掛けていた。
桜花は木箱を胸に抱えたまま、頑なに手放そうとはしない。きっとその時が来るまで、残りの時間を過ごそうとしているのかもしれない。
これはクルーザーに乗る時からそうだった。桜花の向かう方向に俺と母、そして霜宮がついていくと、やがて母と同じ年くらいの男女が二名、船の前で待っていた。母は微笑と共に挨拶をし、霜宮は深々と頭を下げてお辞儀する。俺もやっと誰であるのかに気づいて、慌ててぺこっと頭を下げた。ただ、ずっと前を歩いていたはずの桜花だけは俺の背後へ隠れてしまい、どこか物珍しそうなものを見るような真ん丸な瞳で、きょとんとさせるだけであった。別に嫌悪感があるわけでもなさそうだが、桜花が久しぶりに会う実の両親に、顔を合わせにくいというのはあるのかもしれない。
その瞬間、海の強い風が俺の正面から吹いてきた。顔に小さな石ころのような何かがいくつか当たったような気がした。てゆかまさか桜花は俺を風除けに使っただけってことはないよな?
「なぁ、桜花……」
船の進行方向とは後ろ向きの椅子にもたれかけ、桜花は首だけ俺に向けてくる。最近は俺からもどことなく距離を取ろうとする桜花は、こんな反応を見せることが多くなっていた。別に俺も嫌われてるわけじゃないみたいだけどな。ただ、兄妹とは違う関係性の距離感が確かにここにあった。
「あの両親のこと、ちゃんと覚えているのか?」
「…………」
どこか怪訝そうな顔で、ただし不機嫌な顔というわけでもない。その返事があるまでしばらく時間がかかりそうだったが、俺もその時間に付き合うことにした。
「……わからない……んです」
「わからない?」
すると桜花は胸に抱えていた木箱を、もう一度力強く抱き寄せた。
「この木箱も、両親ことも、霜宮さんのことも、全部まとめてわからないんです」
桜花の口からようやく出てきたその言葉は、腑に落ちるような落ちないような、何とも言い難い不思議な回答でもあった。
「……どういう意味だ?」
「みんな大切な人だってことはわかってるんです。でも、どうして大切なのか、なんで一緒にいたいのにいれないのか、何もわからなくて……」
桜花は木箱にその小さな瞳を落として、力抜けた声でこう答えたんだ。
「……だからわたしは、全部を背負わなきゃって……」
言葉とは裏腹にとても力籠もった声ではなく、どうしたって頼りなく聞こえてしまうほどに。
登場人物
嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員
霜宮朱実: 心臓に氷を宿す元物理化学部員
嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務
嵯峨野千鶴: 泰史の母。お仕事忙しい
読んでくださり、ありがとうございます。
クルーザーのことを調べすぎました。※無関係
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