俺と二人の妹と青い空
五月三日。海へ行くことになった例の予定の日。
空は雲一つない快晴となった。五月晴れとはこういう日のことを言うのだろうか。元々は旧暦の五月の晴れ間のこと、つまりじめじめした梅雨の合間の晴れ間のことを指す言葉だったらしいが、それこそ俺には本来の言葉通りの晴れ間のように思えた。
別に最近雨が降り続いていたわけではない。昨日だってここまで見事な晴れの日というわけではなかったが、雲の隙間から青空が輝いていたように思う。どちらかといえば俺自身が湿っていた。なんて言うとおこがましい気さえしてしまう。それは全部俺のせいであって、彼女には何の罪もないはずだから。
その彼女はホワイトレザーの後部座席で、今朝自分の手元に戻ってきた例の木箱を大切そうに抱えている。その隣に霜宮が座り、俺は前部助手席。車は俺の母が運転していた。全身を赤で覆われたドイツのハッチバックは、どこか古めかしい独特のエンジン音を上げながら海沿いの道を東へ進む。前方から太陽が車を照らし、車内は無言のまま。目的地であるハーバーまでは、あと十五分ほどで到着するらしい。そうカーナビさんが目的地の到着時間を伝えている。
「そういえば泰史。夏にパパと英葉が帰ってくるってさ」
そんな無言の状況を打ち破ったのはやっぱし母だった。
「え。帰ってくるって、英葉も日本の学校に通い始めるのか?」
「うんそう。パパの仕事がようやく落ち着いて、ロンドンにいる意味もなくなるらしくてさ。二学期からはこっちの中学に通い始めるらしいわよ」
「英葉って中学三年だろ。それ、大丈夫なのか?」
「まぁ今更でしょ。それに英葉は泰史と違って友達と仲良くするのも上手だし」
「なんか一言多くない?」
「事実でしょ。むしろ泰史がロンドン行って友人作れないとかじゃなくてよかったくらいには思ってるわ」
「正直すぎて切実すぎる……」
頭が痛くなるような話だ。俺は妹の英葉と違って確かに友人を作るのは得意な方ではない。本は友達とかボールは友達とかいろんな日本語もあった気がするけど、どちらかというと俺の友達は人間ではなく本のほうが多い気がする。もちろんボールは友達ではない。
英葉は父の仕事に付き添って、今はロンドンで暮らしている。英葉と父が日本を離れたのはちょうど今から二年ほど前からだから、なるほど、桜花が兄を失った時期とおよそ重なるのか。
「エイハさんって、泰史さんの妹さんですか?」
どこかよそよそしい声で後部座席から尋ねてきたのは霜宮だ。なにがよそよそしいって、俺の下の名前でしかも『さん付け』で呼んできたのは初めてじゃないだろうか。ちょっと気持ち悪い。いや特に悪い意味はないのだけど。
「ええそうよ。泰史と違ってものすごく可愛いんだから」
だからさっきから母の言葉は間違えなく一言多い。そんなくすくす笑う母に苦笑いを浮かべる霜宮だったが、何やら考え事もしているようでもあった。
「エイハ……。苗字が嵯峨野だから、サガノエイハ? その名前、聞いたことあるのだけど」
は? 霜宮って俺の妹とどこかで会ったことあるのか??
登場人物
嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員
霜宮朱実: 心臓に氷を宿す元物理化学部員
嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務
嵯峨野英葉: 泰史の実妹。ロンドン在住中
読んでくださり、ありがとうございます。
無言の車ってちょっと寂しいですよね。せめてカーオーディオ?
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