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物理文芸部の活動報告『海に眠る桜色の瞳』  作者: 鹿野月美
海の向こうに見える気配
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連休前の仄かな誓い

 四月最終週の月曜日。世間では既に大型連休が始まったかのようで、テレビをつければ『私達は一週間のお休みです』などと成田空港でインタビューを受けるニュースが流れていた。これのどこがニュースなんだよただの自慢じゃねーか!と子供ながらに思うことはある。が、世間様のカレンダーは今日はまだ黒い日。一ミリだって赤く染まった要素はない。むしろあっちが例外でこっちが現実であるということを、朝のホームルームで溜息を漏らす先生を見つつ、改めて再認識させられる。

 大人って、あまりなりたいとは思えないのは気のせいかな。気のせいじゃないよな。


 連休と言えば、五月三日の祝日に海へ行くことになった。理由は書くまでもないだろう。朝うちの母が迎えに来て、そのまま車で船が停まるハーバーまで向かうらしい。ものがモノなだけに、海へ還そうにもそれなりの儀式と限られた場所があるんだそうだ。確かにそれはそうだとも思ったが、使う船は桜花(おうか)の実家の自家用船だと聞いた途端、やはりもやっとしたものを感じた。ごく一般的な御家庭(ごかてい)に船なんてあるわけないし、どちらかといえば一般的な誤家庭(ごかてい)的な持ち物だろって。

 同時に『霜宮(しもみや)さんも呼んでもらえないかな』と母に頼まれてしまった。とはいえあまりこういう話を教室でしたくはない。相談するなら部活中でいいかと思い、そして放課後。今に至る。

 ちなみに桜花は生徒会の仕事中らしい。この部室にまだ姿を現していない。


「あの、ちょっといいか」

 黄昏時(たそがれどき)にはまだ早い、日も大分高い位置にある時間帯。俺は化学室越しの霜宮に話しかけた。てか『化学室越し』ってなんだよ!? ようは俺が化学室の入口の方の席に座り、霜宮は化学室の一番奥の席に座っている。いつもの定位置とはいえさすがに遠いな。全然声が届かないじゃないか。

「なにかしら?」

 向こうも少し大きめの声で返事をした。が、やはりその声は小さく届く。

 これじゃあ話にならんので、俺は化学室の奥へと進み、霜宮の前の席に座った。

「五月三日なんだけど、予定は空いているか?」

「それは一体どういう了見かしら? べ、別に空いてないこともないけれど」

 そう冷たい声音で返ってくるわけだけど、実はちょっと勘違いしてないかこの人。

「ああ。例の海に行く話、母さんが霜宮も一緒にどうかって」

「……なるほど。そんな話もあったわね」

 霜宮はふうと小さく溜息を溢した。だからどんな話だと思ったんだって!?

「で、来てもらえるか?」

「それより……」

 するとごほんとわかりやすい咳払いをした後、涼しい顔した霜宮はこんなことを聞いてきたんだ。


「今日の桜花、少し様子がおかしかったのだけど、昨日のあの後に何かあったのかしら?」

「うっ…………」

 痛いところを突かれた。それは俺だって当然気づいていた。

 実際昨日だって俺の腹を好き放題ぼこぼこ殴った後、桜花はそれっきり朝まで自分の部屋に籠もってしまった。今朝は機嫌を直してるかと思えば、朝食のベーコンを箸でつまみながら、俺とベーコンをちらちらと見比べていた。つ、俺の顔ってそんなにベーコンに似ているのか?

 登校途中、もしくは授業中の教室でも、多少は俺と目が合う時もあったけど、その度にすぐに向こうから逸らされている。当然そんな状況だ。会話など一言も交わせていない。


「興味深いわね。あんな桜花も初めて見たし、貴方(あなた)って大概に不思議な人間よね」

 霜宮はいつもの冷笑ではなく、真顔でそんなこと言うんだ。いやそれはそれで何か違うだろとも思うんだけど、とにかくこれだけははっきり誓っておきたい。


 俺は無実だ。


登場人物

嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員

霜宮朱実: 心臓に氷を宿す元物理化学部員

嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務


読んでくださり、ありがとうございます。

自家用車ならぬ自家用船……持ってても免許すらないしなぁ……

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カクヨムでも連載しています

https://kakuyomu.jp/works/822139841863405829


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