レモンティーに沈む記憶の中の顔
「なぁ、桜花って……」
束の間に訪れた静寂。霜宮はレモンティーの甘い香りの中へ顔を落としている。だけど俺の疑問を遮るかのように、霜宮は逆に質問してきた。
「貴方には桜花がどう見えているのかしら?」
「?」
言葉や回答よりも先にまず疑問が浮かぶ。霜宮が求めている答えとは。
「義妹……。幼い顔立ちをしたクラスメイト……」
これで回答は合ってるのか? そう尋ねるように霜宮を見つめ返す。霜宮は肯定を返す顔で一黙し、やがて霜宮なりの模範解答を示してきた。
「そうね。今の桜花しか知らない一般的な男子生徒としてはそれで合ってると思うわ」
「つまり、昔の桜花は違っていた……と?」
霜宮はゆっくり頷いた。灰色の瞳に、幻影のような気配が映り込んだ気がした。
思い当たる節はいくつかある。だけどそれら一本一本を結ぼうとしてもどうしても解れてしまい、細い糸が互いに繋がることはなかった。駅前の日曜日夕方の喫茶店は比較的空いていて集中するには最適な環境であるはずなのに、辺りの背景を変えてみても、霜宮が思い描く桜花の像というのが全然見えてこないのだ。
「どうして、あんな風に笑えるようになったのかしら?」
想像力を欠いた俺を尻目に、霜宮の方が先に口を開いた。
「それって……」
「一見すると幼くて無邪気な顔、誰かに媚びを売るような微笑み……」
「…………」
「私はあんな桜花の笑顔を知らないもの」
やがて霜宮は僅かな沈黙を破るようにこう宣言した。
「だから、今日の桜花は怖かった……」
「それってつまり、昔の桜花を垣間見たってことか?」
だけど今度は肯定も否定もしてこない。どちらかというと霜宮自身も戸惑っているようで、虚ろ気味な目を泳がせているように思えた。
「……私にはわからなかったの。桜花の記憶が戻ってきているなら、どうして私の知らない桜花もまだいるのかしら?って」
そう言われてみると、いや、霜宮の言ってることは若干の違和感がある。
「それは、桜花自身がこの二年間で変わったとかじゃないのか?」
人の性格なんて、変わろうと思えば変わってしまうんじゃないかって。だから二年前の桜花を知ってる霜宮が、今の桜花を理解できなくても仕方ないことなのではないかと。だけど霜宮は首を横に強く振る。
「桜花は元々そんなに器用な子じゃないわよ。友達を作るのが下手で、本当に友達と呼べる人なんて私くらいしかいなかったんじゃないかしら? それは貴方にだって理解できる話でしょ?」
「え、俺も……?」
そもそも俺の前ではにっこり微笑んでくれる桜花だ。友人がいないなんてこと……。
いや、だけどそれは嘘だと気付かされる。あいつはほぼ俺の前でしか笑わない。最近でこそ霜宮の前でも笑うようになった。だけど教室の中での桜花はどうだ? 常に一人で、クラスぼっちしている。
教室で誰かと話をしている桜花を、俺は見たことがない。
そこに思い至った俺に微笑を加えて霜宮はこう言い放ったのだ。
「だから今の桜花の二面性が、私には怖いの」
二面性……。つまり俺が抱いている桜花の顔と、霜宮が所持している桜花の顔が、明らかに異なってるってことだ。
登場人物
嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員
霜宮朱実: 心臓に氷を宿す元物理化学部員
嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務
読んでくださり、ありがとうございます。
久しぶりの更新でお待たせしてすみません。
これからこのお話もラストスパートに入っていきます。
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