ここにいないはずの自分
春の季節の夕方とは一体何時からを指すのだろう。日曜日の夕方、十六時。日が落ちるまでにはまだ二時間近くあると思う。それでも忙しない駅構内では多くの人たちが家路へと急いでいた。俺と霜宮はその景色の中を逆行する形で歩いている。
駅前には俺達が暮らす街の市役所を始めとして、多くの商業施設が立ち並ぶ。大型家電量販店の二店舗が向かい合うように並んでることに何の意味があるのかはわからないが、よく目を凝らすと同じ建物の中に喫茶店を見つけることができる。霜宮は特に店を指定してこなかったので、俺は自ずとそちらへ足を向けた。
店員さんに店の中を案内されると、俺がコーヒー、霜宮はレモンティーをオーダーした。てかこれ互いにさっきと同じじゃん。思わず小さな溜息をついてしまうが、そのことに霜宮は気づかなかったようだ。
「それで早速なのだけど……」
それどころかとっとと話の用件を済ませたいようだった。その気持ちもわからんでもないが。
「貴方、今日の桜花をどう思った?」
「どうって…………」
まぁ話と言えばそのことだよな。特に回答を準備してなかったわけではないが、改めて整理しながら今日感じたことを話してみる。
「……あいつ、何か忘れていた記憶を思い出したことでもあるのか?」
「…………」
そう俺が問い返しのように霜宮へ向けると、当然霜宮にも思い当たることがあったのだろう。伏し目がちに思いを巡らせ、やがてゆっくり言葉を紡いだ。
「私もそれは考えたわ。そうでなければ海の、しかもあの場所へ桜花が行きたいと言い出すのは不自然だもの」
あの場所というのは桜花の実兄、春斗君が亡くなった場所のことだ。そこへ霜宮や俺が案内することもなく、桜花は自身の足で辿り着いていたのだ。俺と霜宮はそれを黙って見守ることしかできなかった。桜花と会話する手段を見失いかけ、むしろ俺達の方が桜花から手を差し伸べられていた気がした。
「でも……」
だが霜宮の瞳は青白い炎のようなそれに変わる。
「だったらなぜ桜花はそのことを口に出さないの? あんなのってないわ!」
だけどその反発は俺にはやや不自然に思えた。桜花の今の状況を鑑みると、むしろ霜宮の反論より桜花の行動のほうがよほど自然に思えたからだ。
「それは、まだ桜花が全部を受け止めきれていないからじゃないのか?」
「貴方、本当に桜花のこと何もわかっていないのね……」
が、その自然であるべきものを霜宮はたやすく一蹴する。
「怖かった……。桜花のあの声色、まるで私達を弄んでいるかのようで……」
瞬間、何を指しているのか思いつかなかったが、それも刹那のことだった。やがて俺の頭の中を桜花の声音が反芻される。俺が木箱の相談をした時、あの幼い顔から吐き出された冷酷な溜息と言葉のこと。俺や霜宮へ返しているはずなのに、ここにいない自分に対してその声の槍を向けているかのよう。事実あの時桜花は、俺や霜宮ではなくその場にはいなかった俺の母の名前を出していた。
「弄んでいる……って……」
だけどそれが弄んでいるというのはさすがに曲解じゃないだろうか。
「十分弄んでくれてるじゃないっ!! 何もかも思い出してるはずなのに、それをまだ忘れているふりをして、私達の様子を窺ってるの! 薄気味悪いったらありゃしないわ……」
霜宮の反発は、嗚咽にも聞こえた。
「桜花は……そういう子なのよ……」
ようやく止められた目覚まし時計のように、霜宮はふと息を落とした。
登場人物
嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員
霜宮朱実: 心臓に氷を宿す元物理化学部員
嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務
嵯峨野千鶴: 泰史の母親。お仕事忙しい
浅川春斗: 桜花の双子の実兄。
読んでくださり、ありがとうございます。
ところで喫茶店ってどういう店を想像しますでしょうか?
案外イメージがかなりバラけそう……
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カクヨムでも連載しています
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