反対側の車窓で見える景色
通勤電車を乗り継ぎ、俺達三人は帰路を急いでいた。行きとは異なるルートであるため、車窓に海が見えることはなく、夕暮れの住宅街の中を電車は進んでいく。俺は流れていく無機質な景色をただぼおっと眺めるばかりで、自分でも何を考えているのかわからなくなっていた。何一つまとまらないのだ。
母には例の木箱の件を先ほどチャットで伝えてある。恐らく母のことだから、夕食を食べ終わった頃辺りにうちにやってくるだろう。その時に桜花から木箱を奪って、この件は一件落着する。そのはずだ。
喫茶店を出た後から、桜花とは一言も言葉を交わせていない。こんな状況で俺は桜花から本当に木箱を渡してもらえるのだろうか。木箱の中には桜花の大切な人がそこにいる。それを奪ってしまったら、もう二度と桜花の手元には返ってこない。
だけどあの木箱は桜花だけのものじゃない。桜花の両親にとっても大切なものであるはずだ。霜宮だってそうだ。今朝霜宮がうちにやってきて、その目的が木箱の前で手を合わせることだったという事実を考えると、あの木箱は桜花だけが手にしていいものでないことは明白だった。
そう。春斗君は、桜花の双子の兄であって、それ以上でもそれ以下でもないのだから。
桜花と霜宮は、俺とは反対側のドアの前に立ち、夕焼けの車窓を背後に談笑している。まるで昔から仲良しな普通の女子高生が普通に会話するかのよう。周囲の人からもそう見えるはずだ。これでいい。止まっていた時間がようやく動き出し、四次元だった幻想が三次元の日常へと戻っていく。
だからもう、桜花が迷うこともないはず。
……思い過ごしだろうか。俺はふとこんなことも考えていた。
桜花は霜宮のこと、どこまで思い出しているのだろう。
それにしても行きの電車とは真逆になってしまったな。朝は桜花が一人、殻の中に閉じこもっていた。俺と霜宮で話をしていて、反対側のドアの前に桜花がぽつんと立っていた。
そしてやがて、目的地のドアが開く。電車はやがて大きめのビルが並ぶターミナル駅へと到着した。ここでもう一度乗り換えれば、俺や桜花、そして霜宮も自分の家の最寄り駅に辿り着く。
「ちょっと待って」
一人電車を降りようとしたところ、俺は背後から女子の声に呼び止められた。
「桜花。ここから一人で帰れるわよね?」
「はい。ですけど…………どうかしましたか?」
普段通りのサクラサク声音で、だけど桜花は何か別のことを尋ねようとしたのではないだろうか。
「ちょっと貴女のお義兄さん、借りてくわよ」
霜宮はそう言うと、俺の腕を力強くぎゅっと握りしめた。……痛い。
「はい、どうぞ。お好きなように……?」
おい桜花。その『煮るなり焼くなり』を省略したような言い方をやめろ。
登場人物
嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員
霜宮朱実: 心臓に氷を宿す元物理化学部員
嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務
嵯峨野千鶴: 泰史の母親。お仕事忙しい
浅川春斗: 桜花の双子の実兄。
読んでくださり、ありがとうございます。
住宅街を進む電車というのも案外風情はありますよね。
どういうところがと聞かれると返答に困りますが。
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