車窓に流れる海沿いの花弁
海沿いを走る国道に一台の白い車が、ハザードランプを灯して停まる。ドイツ製のハッチバックで、その見た目は大人しいファミリーカーという具合だが、中身はほぼ同じサイズの日本車より馬力が断然上だったりする。それでいて内装も全て白いレザーで覆われ、お洒落さも全く忘れていない。
元々はロンドンで暮らす父の愛車だったが、今は父のいない代わりに母が乗り回している。日本車だとこういった車はどうしても高級車に分類されがちなのだが、もう少しお手軽で楽しい車を作ってほしいと思わないことはない。
「泰史。早く乗りなさい」
助手席の窓を開けた母が俺に声をかけてくる。ちなみに外車と言うと左ハンドルと思われがちだが、それはもう過去の話なのか。今は右ハンドルの外車が多く出回ってるらしい。この車も右ハンドルである故、俺は歩道側から手前の助手席へ速やかに乗車することができる。
俺が乗り込むと母はウインカーを右に出し、スムーズに車線へ合流。一気に加速した。にしてもあっという間に道路の制限速度まで加速するこの発進のさせ方、結構怖いと思うのは俺だけか?
「桜花ちゃんはほっといて大丈夫だったの?」
運転しながら母は俺に尋ねてくる。前方は勢いよく景色が流れていた。
「ああ。クラスメイトというか同じ部活の女子に頼んで見てもらってる」
「え。あなたたちもしかして、ダブルデートでもしてたの?」
「三人でダブルデートとか人数からして間違ってないか?」
淡々と訳のわからない質問をしてきたので、淡々と返しておく。あれがもしダブルデートだとしたら男子がもう一人いないとそもそもおかしい。
「つまり泰史は可愛い女子たちに囲まれて、ハーレムごっこ?」
「そのうち一人は義妹だし、もう一人は俺をゴミみたいな目で見てくるけどな」
あははと母は笑い始めた。てゆかそこまで笑うような話でもないだろ。
「でも桜花ちゃんが学校でうまくやれてるようでよかったわー」
「ああ。……まあな」
ついさっき海で見かけた桜花の様子を思い出す。うまくやってる……のか?
「桜花ちゃんはね、私の高校からの親友の娘さんなのよ」
「あ、それって例の県議会議員の……」
母は運転中である故、明示的にイエスという回答したわけではない。ただ僅かな沈黙の間が、肯定を表していた。
「春斗くんがいなくなって、桜花ちゃんは誰からも拒絶するようになった。桜花ちゃんの両親は報道の対応にも追われていたからね。だから尚更、誰とも話ができなくなったのよ」
「誰とも……?」
どこか引っかかった。誰が? ……桜花が、だ。そうだとすると、誰と……?
桜花は記憶を失っている。だけどこの話、前後関係もわからない。そもそも桜花は記憶のどの部分を失っているのか。脳が完全に異常をきたしているのだとしたら、日本語さえ話せなくなるとかそういうこともあり得るはず。だけどそんなことはない。それどころか高校入試でトップ合格する程度には、脳は元気だ。
だとすると、桜花が記憶を失った理由はそもそもなんだろう? 考えるまでもなくわかることは、実兄の件だろう。わからないのはそれが桜花にどう影響を与えたのかだ。そして、誰とも話さなくなった。誰とも拒絶した。記憶を失った。恐らくこれらは全て繋がっている。
「だから泰史、あなたに桜花ちゃんを任せたのよ」
その母の声は車のエンジン音に打ち消されてしまいそうだった。声の方を向くと微笑を漏らしている。俺はその顔に少しだけ引きつって、改めて問うたんだ。
結局、俺が桜花にできることとは?
登場人物
嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員
霜宮朱実: 心臓に氷を宿す元物理化学部員
嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務
嵯峨野千鶴: 泰史の母。お仕事忙しい!!
読んでくださり、ありがとうございます。
最近ドイツ車に憧れてます!
評価、感想をいただけると励みになります。
カクヨムでも連載しています
https://kakuyomu.jp/works/822139841863405829




