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海と記憶の向こう側

 突然母から電話があったのは、海岸で未だぼおっとしてる時のことだった。

 そこにいた目的はびしょ濡れになった桜花(おうか)のジーンズを乾かすためであったが、正直気休め程度にしかならない。頼りの綱は春の比較的穏やかな日差しだ。これが夏であればあっという間に乾いたのかもしれないが、そうでなければ分厚いジーンズの生地(きじ)なんて到底乾かない。ましてや中のパンツに至れば一ミリも乾く要素を思いつくはずもない。……うん、決して俺はその鮮明な様子をこと細やかに想像してるわけではないと思うよ? 多分だけど。

 ま、桜花を見ている限り、本人はそこまで気にしてないようなのだけどな。それが桜花の性格なのか、ただ顔に出そうとしていないだけなのかはわからないけど。


 とにかく三人でまだ海岸でブラブラしてるときに、スマホがぶるっと着信あったんだ。俺は桜花と霜宮(しもみや)のいる場所から少し距離を置くと、スマホをタップして電話に出る。

泰史(たいし)。今そこ、海よね?」

「なぜ会話の前から俺の居場所を知っている!??」

 開口一番、母はそう尋ねてくる。いつもどおりの母ではあるがドン引きであることに違いない。

「桜花ちゃんのスマホの位置情報が海を指してるのよ。一応ほら、私も桜花ちゃんの母親だから。母親だからね」

「大事なことだから二回言いましたってか? その割に桜花を俺に全部押し付けてるじゃねーか」

「やだなぁ〜。先月までは私が全部面倒見てたのよ? ちょっと早めに会社行くふりして桜花ちゃんの朝ごはん作ったり、ちょっと仕事が遅くなったふりして桜花ちゃんの夕ごはんを作ったり。泰史の目を誤魔化すの大変だったんだから〜」

「おいそれ初耳だぞ。つまり『ちょっと職場が遠い場所になったからこれから朝ごはんは毎日自分で作って食べてね〜』とか言って俺が起きる頃にはもういなかったのは桜花が原因ってか? 桜花の養育どころか俺の養育を完全に放棄してるじゃねーか」

「何言ってるの。ちゃんと土日は朝ごはん一緒に食べてあげたじゃない」

「ああそうだな。『仕事忙しくて土日も仕事になっちったから昼ご飯は勝手に食べてね』とか言いつつ結局土日も帰ってくるのは夜二十一時過ぎだったしな」

「そうだね。てへぺろ☆」

「別にそれ可愛くないからな。ツッコんでも無駄だろうけど」

 薄々気づいてはいた。そもそも土日休みなしで仕事しようものなら今時労基(ろうき)が黙ってないだろ。昔ならそれもあり得たらしい。金曜の朝出社すると、次に帰宅したのは日曜の朝だったっとか、父もよくそんな武勇伝を話してたもんな。そんなの武勇伝と呼べるのか(はなは)だ怪しいとこでもあるが。

 だから母親は何らかの趣味、例えばゴルフか何かに没頭してそれを俺に黙ってると解釈してた。まさかその趣味というのが、俺と同じ年の女子の養母になって家事をすることだったとは一ミリも想定してなかったがな。


「それより例の木箱について一応話は付けたから、これから泰史一人で来てもらえるかしら?」

「ああ、わかった。桜花はいいのか?」

 少しだけ間があった。電話なので母親が今どんな顔してるのか到底知り得ない。

「桜花ちゃんはまだいいかな。誰か桜花ちゃん預かってもらえる友人っていないかしら?」

「そこは問題ない。こっちでなんとかする」

「あら。頼もしいお兄ちゃんで安心ね」

「…………からかってるのか?」

 俺は母から待ち合わせ場所を確認すると、そのまま電話を切った。

 振り返ると、桜花と霜宮は今でも二人並んで水平線を追いかけていた。特に会話をしてる様子もなく、遠く霞みがかった思い出を二人で共有してるかのよう。海と空の境界線がどこにあるのかわからなくて、二人の瞳にはただの幻が映っているだけかもしれないが。


 でも耳は確かにここは海なのだと、白い砂浜に打ち付ける波がそう伝えてきていた。


登場人物

嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員

霜宮朱実: 心臓に氷を宿す元物理化学部員

嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務

嵯峨野千鶴: 泰史の母。お仕事忙しい!!


読んでくださり、ありがとうございます。

え、武勇伝? 私の実話ですがなにか??

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カクヨムでも連載しています

https://kakuyomu.jp/works/822139841863405829


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