波と体育座りとズボンの中
黄土色の砂浜に打ち付ける波が辺りをこだます。周囲に反響させるものなどほぼ何もないせいで、ほとんどが霧散してしまっていた。絵に描いたような水色の海と空の狭間に、小さく身体を縮めて佇んで座っているのは、一ヶ月前に俺の義妹になった桜花だ。
彼女に俺は今、どう言葉を交わすべきだろう。
「桜花…………」
「…………」
横に座った俺を、灰色の瞳と無言の言葉で俺に語りかけてくる。細い細い糸のような視線に真っ直ぐ見つめられ、力ない圧力は確実に何かを待ってくれていた。
「…………」
「…………」
俺は少しだけ後退りしてしまう。えっと……。
「………………桜花?」
「はい。タイシくん、なんでしょうか?」
互いに疑問形を交わし合う。僅かに桜花の顔が緩んだが、一向に何も進む要素がない。
てか次の言葉なんて思いつくわけないじゃんか! 情報量少なすぎっ!!
えっとつまり、桜花の兄の春斗くんが二年前にここで亡くなったわけで、いやでも春斗くんとやらって俺と同じ年だったよな? でも桜花の実兄なんだろ? つまり学年が一緒の兄妹ってことか? そもそも桜花って何月生まれだっけ? 考えるまでもなく名前からして四月生まれだろ? 桜が四月以外に咲いてたまるものか。いや待て。世の中には秋に咲く桜もあるという。秋桜だっけ? つまり桜花の名前は桜花じゃなくて実は秋桜だった! なわけない。桜花は桜花だ。四月に桜花が生まれてどういうわけか同じ学年に兄がいるだと!? 世の中の摂理というのはどうなってるんだ!??
……あ、双子の兄妹か。(なお俺が四月生まれだということも完全に忘れてます)
ここまで考えるのに何秒かかっただろう。多分だけど十秒ほどしか経ってない。
振り返ってみて『やっぱし情報量多すぎだろっ!』という一人ツッコミを頭の中で交わしつつ、相変わらず出てこない次の言葉の代わりに、深い溜息が出てきてしまった。
「あ、タイシくん。カメくんここに持ってきてくれたんですね」
「お、おう。まぁここに持ってきたのは俺じゃなくて霜宮だけどな」
言葉を探してきてくれたのは桜花の方だった。にっこり微笑む桜花の瞳は完全に漆黒を取り戻していて、解れた口元には桜の花弁が小さく舞っていた。何も変わってないようで、何かが変わっているよう。
……違うか。俺はまだ、本物の桜花のことを何一つ知らないのだ。
「カメくんをここに置いたらちゃんと歩いてくれますかね?」
ここと指さす場所はほぼ海の上。今も小波が俺の靴を濡らしていったところだ。
「じゃなくていつまでここに座ってるんだよ。ズボンがびしょびしょじゃねーか」
「あ…………ごめんなさい……」
謝る桜花の声音からまた覇気が失せてしまう。別に怒ってるわけではないのだが、どうにもやりきれない気持ちが俺の胸に侵食してくる。ぶっきらぼうに右手を桜花へ差し出すと、桜花の細い両腕がその手を掴んできて、俺はぐいと彼女を引き寄せた。
体育座りをしていた桜花は恐らくズボンの中までずぶ濡れだろう。着替えさせなくていいのかとも思ったが、生憎その手段さえ思いつかない。パンツ脱がすわにもいかんしなぁ。いろんな意味で。
「桜花。貴女……」
「どうしたんですか、霜宮さん?」
いつの間にか近くに来ていた霜宮が、ようやく立ち上がった桜花に声をかけてきた。その違和感の正体に俺はすぐに気がつく。なぜなら霜宮の桜花に向けるその顔は、これまで見たことのない優しさが見て取れたからだ。
いつもの絶対零度の視線などではなく、温かみのある瞳が海に跳ね返った。
登場人物
嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員
霜宮朱実: 心臓に氷を宿す元物理化学部員
嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務
読んでくださり、ありがとうございます。
泰史が設定上四月生まれであることを完全に失念してました!
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