カメくんと俺
二年前のことだ。日本全国的に見たらそれは些細な出来事でしかなかったけど、この辺りの地域にとってはそれなりに大きなスキャンダルが勃発した。
浅川誠。当時の県議会議員で、自ら手掛ける企業も複数あったと聞いている。一代で財を成したその手腕はこの地域のみならず国からも評価され、総理大臣の相談役として活躍することもあったらしい。日本経済界のブレーンなどと称する声もあったほどだ。あの不況を立ち直らせ、日本をここまで強くしたのも浅川誠の功績があってこそ。俺はさすがに大袈裟だと思ったが、この地域ではそう信じる人もいたらしいし、実際そんな声を選挙演説で盛り上がる駅前で聞いたことがあった。
一種のフィーバーのようなもの。だけど、祭りには必ず終わりが訪れる。
その失脚は突如訪れた。原因は足元から。家庭内のスキャンダルだ。
浅川誠の長男が自殺。当時中学二年生だった長男春斗の遺体は、この海岸で目撃された。
さぞおぞましい光景であっただろう。だがその遺体は驚くほどに美しかったとある。第一発見者は朝の砂浜でランニングしていた男性だったそうで、男子中学生がふざけて寝ているだけと思ったそうだ。警察が調べたところによると、春斗が海へ歩みを進めたのはその前の晩のことで、そのまま息を失い海岸に打ち付けられたという結論が出されていた。
新聞にそこまで詳しく書かれたことはなく、あくまでこれは噂での話。
なぜ俺がこんな噂話に詳しいかって、それは違う中学とは言え、同じ市内の同じ年の男子生徒の話なわけだ。当然俺の中学でも噂は一気に広まってしまう。嫌でも俺の耳に入ってきたし、そもそも何故この事件が起きたのかと考えると、むしろ学校の方が気が気でならなかったようだ。校舎全体がピリピリしていた。春斗のことを知っていた男子生徒は何人か、職員室に呼ばれたこともあったようだ。
実はそれだけじゃなくて、この事件になぜか母親がえらく気に留めていたというのもある。口には出さないものの、常にそわそわしてるのが隠しきれていなかった。改めて考えると当時の母のその様は、今俺の目の前で起きてるこの状況の伏線だったのかもしれない。
それ以上の話を、俺は今この時まで何も知らなかった。
俺は霜宮に目で合図を送り、霜宮の鞄のファスナーの隙間からひょっこり顔を出していたカメくんを預かった。そもそもなんでこいつこんなとこから顔出してるんだ? もしかしたらこいつのカメラでこの風景を記録して、インターネットで霜宮の部屋のサーバーへ送ってるのかもしれない。……って何それ完全に盗撮じゃん!!
霜宮は桜花を見守るため、このカメくんというAIを書いたと言った。
とすれば、俺にできることは何だろう。
「桜花」
海岸に向かって体育座りをしてる桜花のすぐ横へしゃがみ、声をかけた。
「どうかしましたか。タイシくん」
返ってきた口調はいつもどおりのくせに、だが桜の花弁のような美しさは感じられなかった。どちらかというと散った後の新緑のような凛とした声。
義兄として、俺は桜花とどう向き合うべきなのだろうか。
登場人物
嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員
霜宮朱実: 心臓に氷を宿す元物理化学部員
嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務
読んでくださり、ありがとうございます。
シリアスシーンを長く続ける気はないのでお許しを!!(?)
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