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波打ち際を西へ歩く

 電車は桜花(おうか)が立っていたすぐ横のドアが開き、その刹那(せつな)桜花はさっと飛び出してしまった。俺と霜宮(しもみや)は反対側のドア横にいたため、慌てて追いかけざるを得なくなる。小さな子供、いやどっちかというと子犬が駆け出していくかのようで、ようやく俺達が桜花に追いついたのは既に改札の前だった。

「こら。迷子になるだろ」

 背後からそう声をかけるが桜花は振り向くこともせず、さっさと改札を飛び出し迷わず右の道へ進む。俺と霜宮はまたしても走ることを強要されていた。次に桜花に追いついたのは交差点の赤信号だ。けろっとした表情でその先を向く桜花に対し、残り二人はさすがにへとへとである。

「なぁ。桜花って実は運動神経も抜群のキャラだったりするのか?」

「残念だけど違うわ。私達の体力がなさすぎるのよ」

 真横で息切れしてる霜宮の返事はとても辛辣だった。まぁ互いに引き籠もりぼっち生活を続けていたらそうなるよな。ただその理由なら桜花だって大差ないはずなんだが。


 そもそも海に行きたいって最初に言ったのは桜花だ。具体的に海のどの場所へ行くかは三人で決めていない。この近辺には県内でも有名な水族館もあるが、桜花はその真横を通り過ぎていく。やがて海岸に辿り着き、その場で足を止めた。

「ここが目的地……ってことでいいのか?」

「最初からわかっていたわ。私がカメレオンに出逢ったのもこの場所だし」

「…………」

 いや、うん。聞いてない。てかこんな場所にカメレオンがいてたまるか。

 とはいえ背後を振り返ってみると、海岸近辺にはおよそ高級マンションと呼ばれてそうな建物がずらりと控えていた。確かに毎日こんな海を眺めながら生活できたら素敵だろう。そこで飼われていたペットがひょっこり散歩がてら現れてのさのさ歩いてても、さほど不思議ではないのかもしれない。

 時間はまだ朝十時を少し過ぎた辺り。それでも砂浜ではしゃぐ人の数は思ったより多く感じる。日曜の朝とは言え、季節は春。夏には海水浴客で賑わうこの場所も、今はただ青い海を目の前にして写真を撮り合う人たちでそれなりにごった返している。


 桜花は波打ち際沿いに、今度は西へ向かって歩いていく。前方にはちょうど富士山が見える方向。先程のように走ることをしないのは、足に(まと)わりつく砂浜が重いせいだろうか。

「桜花……?」

「…………」

 俺の左隣をひたひたと歩く桜花に声をかけるが、やはり返事はない。たまに小波(さざなみ)が訪れて桜花の両足を(さら)っていく。俺と霜宮は慌てて右の方へ()けるが、桜花はまるで気にしていないのか、赤色のスニーカーは既に中までずぶ濡れのようだ。……いつもその靴、誰がを洗ってると思ってるんだよ誰が。

 砂浜を何分歩いただろうか。さっきまで大きく見えていた水族館は遠くにだいぶ小さく見える。駅からもかなり離れたため、周囲の人の数も相当にまばらになっている。


 桜花はその場で腰を下ろした。初めて桜花と出逢ったあの時と同じ体育座りだ。今日の桜花は水色のポロシャツに紺色のジーンズを穿()いている。当然先程と同じように波が訪れ、桜花のジーンズを濡らしいった。いやだからいつも誰が洗ってると思ってるんだって。


 両膝の中に桜花は顔を覆い隠している。

 だから俺と霜宮は桜花が今どんな顔してるのかわからなかった。

 ただどうしてだか、泣いているように思えた。

 泣き声が聞こえたわけでもない。

 小さく泣いたところで波音がそれを攫ってしまうから。

 今この姿を他の誰にも見せたくないとか、そういう様子でもないように思えた。

 小さく小さく縮こまった桜花の身体は、広い海へと埋もれてしまいそうだから。

 そんな気配がした。


「桜花、記憶を取り戻しつつあるのかもしれないわね」

 波にかき消されてしまいそうな声で、霜宮は俺に耳打ちをしてきた。

 瞬間的にふと霜宮の次の言葉を予測し、その通りの答えが告げられたのだった。


「……この場所なのよ。桜花の実兄(あに)春斗(はると)くんが亡くなったのは」


登場人物

嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員

霜宮朱実: 心臓に氷を宿す元物理化学部員

嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務


読んでくださり、ありがとうございます。

この砂浜、とにかく長いので散歩目的でよく行きます

評価、感想をいただけると励みになります。


カクヨムでも連載しています

https://kakuyomu.jp/works/822139841863405829


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