物理部でAIを書く目的
桜花は漆黒の瞳の先で、何を思っているのだろう。
窓の外に浮かぶ雲ひとつひとつを数える視線に、桜の花は咲いていない。
たまに彼女はそんな顔をする時があった。
主に一人でいるときに。俺からの視線を感じていないときに。
「桜花の笑った顔を久しぶりに化学室で見たとき、もしかしたらと思ったわ」
それは恐らく桜花が物理文芸部を始めると言い出した日、霜宮が久しぶりに対面した桜花の顔のことだろう。多分あいつは俺の顔を思い浮かべていたのか、霜宮に対しても自ずとそうなってたのかもしれない。
「……でも、やはり違ったわ」
「…………」
それは俺も薄々気づいていることだった。桜花は顔に桜色の花を咲かせて、目映いばかりの笑顔を作り出す。限りなくクリアで、白い光を受ければそのまま光を反射させる。
「あれは、私の知ってる桜花の笑顔なんかじゃなかった……」
全ては作り物なのだ。緻密な計算によって彩られたガラス細工そのもの。
そもそも人はどうして笑っているのだ? 笑っていられるのだ?
本当に今この時間が楽しいから? 仮にそうだとして、そう思い続けることを二十四時間やってのけられる人間なんて本当にいるのだろうか。『いつでも楽しい。きゃぴきゃぴ☆』なんて、いかにも嘘くさい。
桜花がそれなんだ。別にあいつは二十四時間笑ってるわけでもない。それでも嘘を感じざるを得ない。あいつの記憶の一部が失われてるものだと気づけば、その疑いはさらに確信へと変わってしまう。
なぜならあいつは、俺の前でしか笑わないからだ。
「なぁ霜宮。あいつ、桜花には兄がいたんじゃないのか?」
点と点を線で結んだ先に、俺はその回答を導き出していた。
だが霜宮はそれに答えることはしなかった。あるいは答えないことが回答なのだろう。黙ったまま一度深い瞬きをし、窓の外に顔を向ける。その頃を思い出すように、次の言葉を紡ぎ出していた。
「AIを書き始めたのは、それが理由よ」
彼女は決まって、『AIを書く』と言う。最初はソースコードをコーディングすることを意味して書くと言っているのだとばかり考えていた。でも今は違うように思える。俺が小説を紡ぐように、彼女はAIを紡いでいるのかもしれない。
「AIなんて嘘ばかりで、書いてる本人すら何を返してくるかわからないの」
ある研究者は『AIは黒魔術だ』なんて発言しているらしい。俺はそんなのを本で読んだことがあった。なるほど。言い得て妙で、AIなんてブラックボックスそのものなのだろう。
「……でもそれって、人もそうだと思わない? 嘘ばかりついて、自分の身を護るの」
もしかしたらAIも小説も似ているのかもしれない。どれもかしこも虚構ばかりを映し出してくる。AIは知識や判断を嘘の鏡に映し出し、小説は人の見えない心を鏡の前へと映し出す。対象が異なるだけで、やろうとしてることはどちらも一緒なのかもしれないのだ。
「私は貴方と違って小説なんて書けないから、だからAIを書き続けているのよ」
それが霜宮がAIを書く理由。即ち、今の桜花と向き合う手段なのだ。
電車は間もなくブレーキをかけ始め、車内放送は終着駅に到着したことを告げてくる。霜宮と桜花は互いに反対側のドアの窓に顔を向けて、反対側の空の色を観察している。共通しているのは二人とも浮かない顔してるということだろう。
もっともホーム着いて開くドアは、片側だけなんだけどな。
登場人物
嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員
霜宮朱実: 心臓に氷を宿す元物理化学部員
嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務
読んでくださり、ありがとうございます。
ちなみに『AIは黒魔術だ』と仰ってたのは私の顧客の研究者の方です※実話
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カクヨムでも連載しています
https://kakuyomu.jp/works/822139841863405829




