物理文芸部の朝練の課題
『桜花のことで、確認したいことがある』(既読)
スマホのチャットアプリを起動して、母の連絡先をタップする。昨晩メッセージを送ってから変わったことと言えば、そこに既読のマークがついたことくらいか。基本的に母はチャットで連絡を入れても、その場で確認することはまずしない。お仕事第一。その徹底した主義主張は、息子である俺も感心してしまうレベルだ。
つまり、俺の身に何かあっても、基本的に俺一人で解決すると思われてるんですよね。俺って意外に信用されてるんだな〜。というか一晩経っても自分の息子に対して既読スルーってどうなんだ?って思わないことないんですけどね。
「タイシくん、物理文芸部って朝練とかないんですかね?」
「朝練って、あの部活で何をするつもりなんだ??」
桜花は俺の焼いた目玉焼きを口に頬張りながら、そんなことを尋ねてくる。
「物理で…………目玉焼きを焼くっ!!」
「物理文芸部って、調理部ではないと思うぞ?」
「じゃあ物理で……本を焼く?」
「本焼いたらダメだろ。高校でそんなことしたら消防車が駆けつけるぞ?」
そもそもなぜ物理にこだわるのか。つか物理で焼くって、石で火起こしするところから始めるつもりか。なんだかそれだけで朝から体力を奪われそうだ。いや、朝練ってそもそもそういうものか。……うん、違うな。
「でも朝練って楽しそう。文芸部だけに朝から読書とか素敵な感じがするじゃないですか」
「ああ。それはそうだな」
なるほど。物理が物騒なのであって、文芸部は至って平和なのだ。
「だから明日から少し早めに学校行って、朝練とかしませんか?」
「断る。それって俺は何時起きして朝食作ることになるんだ?」
「わたしも手伝う!!」
「断固拒否する!!」
桜花は文句の一つも言いたそうな顔で、俺に抗議の視線を浴びせてきた。が、同じ年の女子が口を三角に尖らせ、ぱっちりとした目線で俺に訴えかけてきたところで、それはもうただ可愛いとしか思えない。恐らく桜花は純粋に怒ってるだけだろうし、それを口には出せないけどな。
ちなみに桜花に料理を任せられないのは、まるっきりできないからだ。それはもう苦手というレベルではない。包丁を持てば自分の指を切ってしまうし、野菜を炒めれば見事に真っ黒な炭が出来上がる。どうしたらそうなるのか、それこそ物理法則とやらに詳しそうな霜宮にでも解説してほしいほどだ。
本当にこいつは、今までどんな生活をしてきたのだろう? 記憶を失ってるが故、本人に確認しようもないし、霜宮に尋ねるのは気が引ける。それで母にと思ったのだが、安定の音信不通状態だ。
「でも高校で部活って、本当に楽しみなんですよね……」
桜花はハムを箸で掴むと、少しだけ微笑んでそう溢した。
「中学の時は部活をやってたとか、そういうのはないのか?」
恐らく桜花は答えることができない。わかっているはずなのに、俺はそう尋ねていた。桜花は首を少し傾げて考えてみたものの、数秒経ってもやはりその答えを導き出すことはできなかったようだ。
「ちゃんとは覚えてないんですけど、それどころじゃなかった気がするんです」
なるほど。……と、納得はしてみたものの、何に納得したのかいまいち整理できなかった。例の木箱の件もそうだが、桜花にとってそれが大切なものであるという記憶は確かに残っている。ただし具体的になればなるほど、その記憶は曖昧なものになっていく。そんな複雑な失い方をしているようだ。
だから何だというのだろう。俺はそんなことを確認したかったのだろうか。
ただそれが何かの解決の糸口になればと。霜宮のことだって、もしかしたら……。
登場人物
嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員
霜宮朱実: 心臓に氷を宿す元物理化学部員
嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務
読んでくださり、ありがとうございます。
朝練、いい思い出ないですね。
吹奏楽部でチューバ吹いてたら、近所の人からうるさいって怒られたとか
某アニメの学校が超羨ましいです(笑)
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カクヨムでも連載しています
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