明日は明日の日が昇る
「だから……これから一生、わたしの側にいてくれますよね」
一人が怖い。だから桜花は、俺と一緒にいることを求めている。
……いやこれ冷静に考えて重いだろ。一生とか、んまぁ義理でも妹になったわけだからあながち間違いだらけの発言ではないと思うけど、とはいえ今日出逢ったばかりの同じ年の女子にこんなこと言われたら、俺の心臓はどうにかしてしまいそうだ。桜花は部分的な記憶喪失だから仕方ない? だからってなんだってんだよ。
もう今すぐ俺はここから逃げ出したかった。カーテンが売ってる駅前のホームセンターは二十時までやってたはずだから、今から行っても十分に間に合うはずだ。よし、買いに行こう。
「ああ。できる限り、桜花の側にいてやるから」
だけどヘタれた。ヘタれる以外の選択肢も思いつかなかった。
「うん。ありがとう」
結果、返ってきたのが屈託のない笑顔だったというわけ。桜花の顔の近くにぽかぽかと桜の花が咲く。三月中旬で、まだその季節には早いはずなのに、そんなにこにこ顔を向けられたら、俺の邪な気持ちはきれいさっぱり溶けて消えてしまったのだ。
それから約一ヶ月が経った。俺と桜花は同じ高校に通い始め、今日は物理文芸部という謎の部活の部員となった。つまり俺はこの一ヶ月間、およそ桜花からの信用を何とか保っていたということなのだろう。桜の花はとっくに散ってしまい、木々には緑色の若葉が生え始めている。時折桜花はそんな木々を見て、薄暗い顔色を浮かべていた。何を考えているのだろう。だけどそれはもちろん教えてくれることはなく、またすぐに目元に桜色の花をちらちらと咲かせていた。
「でも、桜花が元気そうでよかったわ」
そうぽつりとこぼしたのは、俺の隣を歩く同じく物理文芸部員の霜宮だった。
「というか霜宮だって俺と桜花と同じクラスじゃねぇか。なんでこれまで教室で話しかけることをしなかったんだ?」
そう。俺と桜花、そして霜宮は三人とも一年B組。同じ教室で授業を受けるクラスメイト。霜宮が昔の桜花の友人なら、これまでだっていくらでも話す機会はあったはず。
「そんなのムリよ。あんな別れ方したら、話しかける言葉すら見つからないわ」
「…………そうか」
何かしら理由はあったのだろう。だけど俺はそれ以上聞けなかった。そもそも過去の桜花と霜宮の間に何があったのかとか、安易に尋ねてはいけないような気がする。
「桜花だけでも……一人になってしまった桜花だけでも、この世界のどこかで笑ってくれたらそれでいいと思ってた。相変わらず桜花はずっとみんなから距離を取ってるし、いつも窓から雲の上をぼんやり眺めてるだけだし。だけど、それでも……」
桜花にとって今の教室という場所は、檻のような場所だと思えていた。誰かと話すわけでもなく、声をかけられたら愛想よく微笑みを返す程度。もし俺が桜花にとって義兄ではなく義姉であったなら、もう少し状況は変わっていたのだろうか。いや、そんなのただの逃げの理由でしかない。やはりもう少し俺の方から桜花へ与えられるものがあるのかもしれない。義兄としてではなく、クラスメイトとして。
ただもうひとつ、霜宮の言葉には引っかかるものがあった。
桜花だけ、でも……?
今にも大きく泣き出しそうな厚い雲は、間もなく漆黒の時を迎えようとしている。
それでも夜が永遠に続くことはない。ここにいる限り、明日も朝日は昇ってきて、今俺が立っているこの場所も、再び日の光を受けることになるだろう。
桜花は、明日も笑ってくれるだろうか。桜はもう散ってしまった、この季節に。
登場人物
嵯峨野泰史: 俺。元文芸部員
霜宮朱実: 心臓に氷を宿す元物理化学部員
嵯峨野桜花: 泰史の義妹。生徒会庶務
読んでくださり、ありがとうございます。
新しい教室のクラスメイトってなかなか声かけれないですよね?
・・・え、そんなことないって!??
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