齟齬 3
クララは自身を落ち着かせようと、深く長く息を吐く。
機体の中がやけに蒸し暑い……。汗が次から次へと操縦桿へ垂れていく。
西の山が見えてくるにつれて、動悸が激しくなっていく。
自身の中では克服した、と思っていても。燃え盛るフックスがどうしても脳裏にチラついてしまう。
クララは再度息を吐く。
正直、緊張している。でも……。
クララは頭を大きく横に振った。
落ち着け、落ち着け。
息を整えてから後方を見る。
第四部隊の次にランツェ、そしてクララが所属する第九部隊と並んでいる。
このままじゃ作戦通りに行かない。けれど。ランツェ伍長が何かを言う気配もない。……だから私も第四部隊に対して何も言う事が出来ない。
無理矢理アードラーで第四部隊を追い越してもいいけれど。そうすると通常のヴルムに乗っている部下たちと距離が開くことになる。
第九部隊と離れるのは得策ではないし。
そう考えているうちに西の山に着いた。
トリューベ国が攻め込んできているというのに、西の山付近だけが不気味なほど静まり返っている。
エーレントのときと違って、銃弾の音が聞こえないどころか爆発音も少ない。
とはいえ。
クララは考えを巡らせる。
こちらは増援を注意する、というだけだし。トリューベ国もひとまず今日は攻め込んでくる確率はほぼない、とのことだし。
このまま静かな方がいい。
そう思っていたのだが。
「本当に注意だけでいいんですかぁ? ここで功績を残しておきましょうよ」
間の抜けた声がヘッドフォンから聞こえてくる。第四部隊の兵長、ハイトだ。
だが間を置かず「なりません」とランツェの鋭い声が聞こえてきた。
「私達がするのは注意のみ。それ以上のことは言われていません」
「ですが」
「それに。勝手な行動も控えていただきたい」
ランツェの声が一段と低い。
いろいろと我慢をしていたんでしょうね……。
ハイトの返事は無い。ただ、ヘッドフォンからはジーという機械音だけがわずかに聞こえる。
やがてふぅと小さく息を吐く音が聞こえたかと思うと、「クララ兵長」と急に名前を呼ばれた。
「はっ」
「当初の予定通り、第九部隊は前へ。それから……当初から変更して、次に私。最後に第四部隊の縦並びにします」
「はっ」
クララはヘッドフォンの位置を調整して再度つけ直す。
「では、第九部隊は前方へ。その中でも私がわずかに前に出ます。三人は私の後ろから数メートル離れて、横並びになってください。…………そうですね。アームングを中心にした方がいいでしょう」
「「「はっ」」」
部下三人の冷静な返事が聞こえてくる。
大丈夫だ。少なくとも、第九部隊は取り乱したりはしていない。……けど。
あえて機体を後ろ向きにしつつ、アードラーを前方に進める。ガラスからジッと第四部隊を警戒する。
今のところは特に変わった様子はない。
クララはアードラーの向きを変えて前方に向き直る。と、ヘッドフォンから「どうしてランツェ伍長は当初の予定通りにしなかったんだろう」とフランチィスカの間の抜けた声が聞こえてきた。
一瞬ギョッとするも、どうもフランチィスカは通信を第九部隊専用にしているらしい。
ならまぁいいか。…………じゃなくて。さて。どう答えるべきか。そもそもこの通信に私が含まれていていいのだろうか……。
クララは黙る。
ひとまず通信の件は第九部隊にしか聞こえていないわけだし、注意するのは後にして。ランツェ伍長の思惑を先に――。
そう思っていたところに「それは」とアームングが返事をする。
「それは第四部隊を警戒してだろう。功績を上げようとトリューベ国に突っ込まれでもしたら困るから、ランツェ伍長のところで止めよう、という判断だと思う」
「「へぇー」」
フランチィスカだけでなく、メッサーの気の抜けた相槌もヘッドフォンから聞こえてくる。クララはいけないと思いつつも、笑いがこみ上げてくる。
私が聞いていると知らずに。メッサーまで。
クララは笑いを堪えて、一度首を横に振ってからわざと「ゴホン」と大きな咳をした。
――――――――。
一気に会話が止まる。
クララはもう一度「コホン」と咳をしてから、「アームングの言う通りです」と会話に入っていった。
一気に空気がヒリつく。
「私達は増援の注意という任務です。そこからはみ出してはいけません」
「「「……」」」
「ですが。逆に軽んじてもいけませんよ」
そこまで一息に言ってから「それと」と言葉を続ける。
「この通信は……まぁ。私語ばかりしなければ良しとしましょう。ただし周囲への警戒は怠らないように」
「はい。……すみません」
フランチィスカのあからさまに落ち込んだ声が聞こえた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
いよいよ次は一気に状況が変わります。お楽しみに!




