第48話 快楽の糧
「アイサ!?」
「……大丈夫よ、なんともない」
たまたま驚いて足をもつれさせ、無様にすっ転んだだけなんだけど……怪我の功名というか、おかげで棘の雨をほぼ完璧に回避できた。
「ほう、強運じゃねえか」
驚きつつも、余裕の態度は崩さない男。
「で、隠れんぼは終わりか? ネズミども」
どうやら最初から完全にバレバレだったらしい。でも、どうやってこっちの居場所を把握したのかしら? そういう特殊な力でもあるの?
「殺せば能力が上がるルールなのに、わざわざ生かして痛めつけているのか?」
歩み出たジュレンが、周囲の温度を一気に下げるような険しい声で問う。男はゆっくりとこちらに振り向き、酷薄な笑みを広げた。
「人が苦しんでる姿を見るのが大好きなんだよ。誰かが泣き叫んで顔を歪ませる……それ自体が俺の活力だ」
「最っ低ね」
私が吐き捨てると、悪びれる様子もなく大げさに両手を上げ、肩をすくめる男。
「嬢ちゃんだって、誰かを思い切り壊したり、陰口を叩けば、スカッとして気持ちいいだろ?」
「一緒にしないでくれる?」
あと、年にほぼ差がないはずなのに、嬢ちゃん呼ばわりも地味にムカつくんだけど。トータル年数なら、きっと私の方が上だし。
「俺はただ、その報酬系が人より少しばかり強いだけだぜ? 仲間外れは寂しいねぇ」
胸糞悪い詭弁。だけど、悔しいことに共感してしまった自分がいるのも事実だ。確かに前世で私を裏切った元カレとかをぶん殴れたら、気持ちいいに決まっている。彼にとっては、人間全員がその対象なのかもしれない。
「じゃ、お前たちにも俺の快楽の糧になってもらおうか」
岩から降りて、ゆっくりと近づいてくる男。口調も表情も、自分が負けるなんて微塵も想像していない。よく見れば、浅黒い肌のあちこちに細かい傷が刻まれている。彼もまた、荒廃した世界を生き抜いてきたのだろう。
「おらよ!」
「!?」
再び鋭い破裂音。赤黒い鞭が、凶悪な速度で振るわれた。
――あんなに長い武器を、こんなにも高速で動かせるの!?




