第42話 「彼女」
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「ジュレンの顔色がだいぶ良くなってる……よかった」
翌日。私は横たわるジュレンの額を丁寧に拭いていた。脈も大分安定してきている。明日には目を覚ますんじゃないだろうか。
「だいぶ長い間眠りについてたね。君と似たような能力の持ち主だったのかも」
「なるほど……あ」
ふと、ヤンの手と私の手が触れ合う。思わず飛び退くようにして距離を取ってしまった。転生前は人並みに恋愛だって経験してきたはずなのに、なぜこうも緊張してしまうのかしら。
十数年ぶりということもあるのだろうけれど…‥きっと彼との繋がりは、とても根深いものだから?
「で、どっちにするのよぉ? どっちもいっとくぅ?」
「はい!?」
背後から突然響いた声に、振り返る。勢いつきすぎて、首の骨折ったかと思った。
「……ただの幻聴?」
ステータス画面を開いていないのだから、お節介な妖精が出てくるわけがない。私の焦りが生んだ妄想っぽいわね…‥でも、その恥ずかしさの余韻に浸る時間なんて、なかった。
「っ!?」
風に乗って、踏み潰された木の実と濡れた土の匂いが漂ってくる。同時に、複数の足音が鼓膜を叩いた。
気配を隠す様子は微塵もなさそうで、真っ直ぐにこちらへ近づいてくる。居場所は完全に割れているみたい。すでに周囲を囲まれている可能性が高かった。
「今回はさすがに逃げよう。分が悪すぎる」
「でも、ジュレンがまだ目を覚ましてないわ!」
冷や汗を流しつつヤンと目で会話し、どうすべきか葛藤しているその時だった。
——ズズンッ……!
激しい地響きが轟いた。大木が根元からへし折られ、地面に叩きつけられる重低音。
「なっ、なに!?」
私たちは反射的に洞窟の入り口へと駆けつけ、土煙が舞い上がる外の様子を覗き見た。柔らかい地面を踏みしめているはずなのに、コツコツと硬質な靴音がはっきりと響いてくる。
そこに、「彼女」が立っていた。
光を一切反射しない漆黒のロングコートに、同色のブーツ。風に揺れる長い黒髪は闇夜を切り取ったかのように長く美しく、癖っ毛ひとつない。狐を思わせる鋭く吊り上がった瞳が、美しい遺伝子の配列を感じさせる顔立ちの中で、妖しく輝く。
見た目は明らかに十代なのに、彼女が醸し出す雰囲気は…‥大人すら凌駕するほどの威厳と、恐怖に満ちている。
「何、あれ……」
左手に携えているものは、もはや剣とは呼べない代物。白金に冷たく輝く、巨大なヘラのような形をした異形の武器。ひと目見た瞬間に全身の毛穴が収縮し、総毛立つ。直感が告げていた。
魔剣にだって、格がある。アレには関わってはいけないと、本能が頭の中でけたたましく警鐘を鳴らし続けていた。
「わ、私たち、仲間になりましょうよ? 数が多い方がいいでしょ? ねえ、お願い……」
襲撃者の一人が、涙目で必死に勧誘……いや、泣きついている。しかし、黒衣の少女は一切耳を貸す様子がない。そもそも、目の前の存在を人間として扱う気なんてないんだ。
「除菌」
無機質な呟きと共に、白金の武器が振り下ろされる。言葉通り、ただ汚れを払っただけなんだろう。一瞬で首と胴体が分かれる。周囲に五体満足の体なんて残っちゃいない。
「うぅ…‥いや待って、なにかおかしい」
切断された死体を見て、強烈な違和感を覚える。血が、一滴も流れていない。
「!?」
彼女の両目がゆっくりとこちらへ向いた。きっと勘で気づかれている。
次の標的は、私たちだ。




