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第36話 ハクション大魔人

「いや、眠っただけ? アイサの能力を教えてしまったし……」


 駆け寄ろうとしていたヤンが急に立ち止まり、額に皺を寄せて思考を巡らせた。やはり頭の回転が早い。罠だと勘付いてる。


「とはいえ、出血を長引かせるわけにはいかない……奥の手を使う時が来たか」


 奥の手? ヤンは懐から小瓶を取り出すと、中から謎の粉末をパッと振りまいた。


「ハクションッ! な、なによこれ!?」


 マデスがたまらず、クシャミをする……胡椒か! 確かに胡椒も植物由来のスパイスだ。もしかして晩ごはんにでも使う予定だったのだろうか。ご馳走になっただろうに、もったいない。


「クシュン! ええい、元の体に戻るわよ! 解除!」

「だから、声に出しちゃダメだよ……」


 再び私の視界が歪む。ドサリと重力に従って地面に倒れ込んだ時、私は無事に自分の体へ戻っていた。麻酔の効果で感覚は鈍いものの、刺された腹部からじわじわと広がる熱い痛み。


 おまけに止まらないくしゃみと涙で散々だ。あれ? でも私の麻酔って昏睡しないよう調整できたっけ?


「アイサ!!」


 血相を変えて駆け寄ってくるヤン。いつの間にか自分の体に戻っていたマデスは、その様子を舐めるように観察していた。


「……退くか。あの女は仕留められるかもしれないけど、リスクに見合ってないわ」


 心底面倒くさそうにそう吐き捨てると、マデスは素早く身を翻した。


「ってかさあ、好みの男を傷つけるのマジで嫌」


 先程までの殺伐とした空気が嘘のように。軽快なスキップを踏み始める。そして森の影の中、奥深くへと姿を消していく。


「これ以上、誰かを死なせてたまるか」


 ヤンは、手早く私の傷の止血処置を済ませると、私を背負い上げる。背丈はほとんど私と変わらないはずなのに。この小さな体で、私の重みにも文句一つ言わず、必死に走りだした。

しばらく不定期更新になるので、ブクマいただけると励みになります。

おそらく4、5ヶ月で完成すると思います。物語を最後までしっかりと紡いでまいりますので、引き続きお付き合いいただけますと幸いです。

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