第32話 獣けだもの
「先が何も見えてねえな、間抜け女が!」
「くっ……!」
相性差は歴然。防戦一方の消耗戦を強いられ、ついに刀身に火がつく。熱気に冷や汗が噴き出し、死の予感が脳裏をよぎった、その刹那。
「がっ!?」
「ヤン!?」
男の背後から、鋭い一撃が振り下ろされる。どさくさに紛れ、ヤンが死角へと忍び寄っていたんだ。後頭部を強打された男は、短い痙攣とともに白目を剥いて、崩れ落ちた。
「先が見えていないのは君のほうだったね」
「来てくれたのね」
照れ隠しで頬を掻くヤンを見て、笑みがこぼれる。ふと周囲を見渡すと、先ほどまでいたはずの女の子も消え失せていた。混乱に乗じて森の奥へと身を隠したのかしら。無事に逃げ延びてくれればいいんだけど……
「ふん! ずっと眠ってなさい」
「眠らせる……それが君の力?」
「ああ、ヤンにはまだ教えてなかったっけ」
麻剣をぶっ刺し、男を眠らせた直後。
ーーガサリ。
「!?」
茂みが大きく揺れる音がする。風や虫の立てる音ではなく、人間の気配。逃げた男の仲間か、はたまた別の参加者か。何者かが暗がりから息を潜め、こちらの様子を観察していたんだ。
「……倒そう」
「へ!?」
振り返ると、いつの間にか私の背後に立っていたヤンが、底冷えのするような低い声で呟く。全身が強張るのを感じる。
「君の武器の特性は、バレた。きっと対策を立てて、次は確実に僕たちを仕留めにくる」
「か、考えすぎでしょ……追ってこないかもしれないし」
「みんな命懸けなんだよ。石橋を掘って歩くくらいじゃないと生き残れない。それとも怖気づいてるの?」
ふと気づく。ヤンの両目は父や他の兄弟たちと同じ……生き残るために研ぎ澄まされた、冷酷な獣の瞳をしている。
「なんなのよ、さっきまでの気弱なキャラと全然違うじゃない」
「そうだね。僕一人だったら、ずっとあの洞窟に隠れて、こんなリスクは絶対に冒さない」
剣の柄を固く握りしめ、自らに言い聞かせるように言葉を絞り出している。よく見れば、剣を構えるヤンの両足は、立っているのがやっとと言わんばかりに小刻みに震えている。
「でも手札を晒した以上、君の命がかかってるんだ」
「ヤン……」
「見殺しにするわけにはいかない。君は、僕の……家族だから」
彼は獣になど成り下がっていなかったんだ。大切な誰かのためにしか剣を振るえない、不器用で優しい人間。
「わかったわ。やりましょう」
本当は巻き込みたくなんかない。けれど、もう綺麗事だけで済ませられない。私は麻剣を再生成し、静かに覚悟を決める。深く生い茂る木々の奥へと消えた気配を追って、森の中へと駆け出した。




