第28話 母親ガチ恋勢
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太陽の所在すら分からない地下の森で、体内時計だけを頼りに数えた日数。それは、3日目を迎えていた。
「予想通り、誰も話を聞いてくれないな。君の麻剣なら、死者を出さずに済むのに」
「こんな状況じゃね……それに、ヴィアダルが言っていたけど、世の中は争いで溢れているみたいだし」
「確かに、僕らを温室育ちって呼んでたな」
私が転生したこの世界は、ざっくり言えば中世ヨーロッパだ。何人かと言葉を交わして知ったが、華やかな面がある一方で、おぞましい争い事も日常茶飯事らしい。そして唐突に、現実は牙を剥いた。
「ぐううっ……!」
「ジュレン!」
移動していた矢先、他の参加者の急襲を受け、ジュレンが深く傷を負って倒れ込んだ。なんとか敵は退けたものの、出血がひどい。私たちは手頃な洞窟を見つけると、身を隠すようにして逃げ込んだ。
「……!」
そこには先客がいた。怯える私と、壁際で身を縮めたその人物の視線が交差する。闇の中でも、緑色の瞳が美しく輝いていた。
艶やかな黒髪に、どこか平たい異国風の整った顔立ちをした男の子。背は私よりも少し低い。巣穴に逃げ込んだ小動物のような警戒心を、全身から漂わせている。
「……息を荒らげなくていいよ。僕に君たちと戦うつもりはないから」
私はその言葉を信じることにした。やろうと思えば闇討ちできたはずなのに。彼はそうしなかったから。
「彼、ひどい傷だね。奥で休ませてあげて」
「あ……ありがとう。私はアイサ、彼はジュレン。あなたは?」
「ヤン。ヤン・エルウィン」
ヤンと名乗ったその少年は、手際よくジュレンの傷口を消毒し、手当てを手伝ってくれる。
「ちょうど薬草があるんだ。煎じて飲ませてあげよう」
彼は植物についての知識が豊富で、洞窟の中に小さな栽培所が作られている。
「どうして、そこまでしてくれるの?」
自分で紡いだ言葉で、ハッと我に返った。他人の善意を信じきれず、疑いで目を吊り上げているのは、他でもない私自身じゃないか。こんな刃物を剥き出しにしたような態度で、誰かを説得できるはずがなかったんだ。
「僕がそうしたいからだよ。君はきっと、いい人だから」
「いい人?」
「こんなに残酷な戦いの中で、誰かを必死に助けてるじゃないか」
「彼は……ジュレンは、何度も私を助けてくれたから」
「それでも普通は、足手纏いになった瞬間に切り捨てるよ」
真っ直ぐに褒められ、少し照れてしまう。どこにいたって、真っ当に生きていれば理解してくれる人はいるのかもしれない。
「母さん……」
と……真面目な話をしている中、熱に浮かされたジュレンが、苦しそうにうわ言を漏らした。
「寝言か……甘えん坊なところもあるのね」
「……好き」
なんて美しい響きでさえずるんだろう。うちの鳩時計の鳴き声、これに改造したいくらいだわ。
「いや、あんたもマザコンかい」
紛れもない、母親ガチ恋勢の声。私には分かる。ダメな元彼たちのトラウマが容赦なく掘り返されていき、思わずガックリと項垂れた。母が好きなこと自体は決して悪くないんだけどね。私の思い出の登場人物たちが、ちょっとアレなだけだ。




