第29話 地震雷火事親父
「彼の気持ちはわかるよ。僕も、母さんが大好きだったから」
石で薬草をすり潰しながら、ヤンが静かに同調した。「ふうん」と適当に聞き流す私をよそに、彼はぽつりぽつりと語り始める。
「本当に優しい人だったよ。怒った顔なんて、ほとんど覚えてないくらいに」
「いいお母さんなのね」
「うん。母さんだけじゃなくて、街のみんなが好きだったんだ。何もないところだったけど、不思議と出ていこうとは思わなかったな」
「……だった?」
どうして過去形? 言葉の端に引っかかり、私が思わず尋ねると、ヤンの手元がピタリと止まった。
「王の侵略で、すべて焼かれたんだ。当時、僕らが住んでいたのは敵国の領土だったからね」
「侵略って……実の息子であるあなたがいる場所なのに?」
「僕も母さんも、ただの平民だから。王様は、僕らの顔も名前も知らないだろうね」
「嘘でしょ……」
信じられない。本当に救いようのない、正真正銘のクズだ。あんな血も涙もない暴君のままで、よく国が成り立っているものだと思う。
「あなた、恨んでないの?」
「災害のように、どうしようもないことだってある。日々、命があることに感謝して生きるしかないんだ」
その意見は、部分的には正しいのかもしれない。けれど、私はどうしても納得ができなかった。内に芽生えたこの怒りを、決して手放すことはないだろう。たとえ、被害者であるヤン自身が本気で許しているのだとしても。




