第六章 誤解を乗り越えて
七月。夏休みを目前に控えたある日。
夕方の校舎は西日でオレンジ色に染まり、教室の机の上に影を落としていた。
彩花は陽人を呼び止め、意を決して口を開いた。
「……ちょっと、話があるの」
陽人は驚いた顔をしたが、すぐに真剣な表情に変わる。
二人は人気のない渡り廊下に並んで座った。蝉の声が遠くで鳴いている。
「……最初に言ってたよね。なんで嫌ってたのかって」
彩花はぎゅっと拳を握り、言葉を絞り出した。
「実は……あんたのお父さんと、うちの母さんが……不倫してるんだって、ずっと思い込んでたの」
陽人は一瞬、目を丸くした。
けれどすぐにふっと息を吐き、困ったように笑った。
「……なるほど。それで俺のこと避けてたんだ」
「ごめん……本当は違ったの。二人とも、地域の活動のことで会ってただけで……。私、ずっと勘違いしてた」
涙がにじみ、視界がぼやける。
ずっと心に抱えていた誤解と罪悪感が、今ようやく言葉になった。
陽人は少しだけ黙っていたが、やがて肩をすくめて笑った。
「なーんだ、そんなことか。俺さ、理由もわからず嫌われてたから、正直ちょっとショックだったんだ」
その言葉に、彩花の胸がチクリと痛む。
「……ごめん、本当に」
「でもさ」
陽人は夕陽を浴びながら、まっすぐに彩花を見つめた。
「今こうして話してくれたの、俺は嬉しいよ。だって、これからはもう嫌われてないってことだろ?」
彩花は思わず笑ってしまった。涙を拭いながら、小さくうなずく。
「うん。……もう、嫌いじゃない」
心臓がドキドキして、息が詰まりそうだった。
けれど、口に出した瞬間、胸の奥がふわっと軽くなる。
陽人はにやりと笑い、わざと軽い調子で言った。
「じゃあさ、そのうち“好き”って言わせてみせる」
「なっ……!」
彩花は真っ赤になり、慌てて立ち上がった。
「そ、そんなこと言うな!」
廊下に響く二人の声は、蝉時雨にかき消されていった。
――でも確かに、その日から二人の距離は少しずつ縮まっていた。
夏の空は、まるで未来を映すように高く澄んでいた。
読んでいただき、ありがとうございます。
あと、エピローグがあります。




