表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君と彼らが僕の心に火を灯す  作者: 牧村せつら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

119/120

削ぎ落とす精度

 時計の針が、進む。11時半を回った。会場の空気は、変わっていた。最初の静けさは、もうない。代わりにあるのは――焦りと、加工の音。雄介は、戻った分の遅れを抱えたまま、刻みに入っていた。動きは速い。

 だが――雑ではない。


――急げ。でも、慌てるな

自分に言い聞かせる。鑿を入れる。手を止める。確認する。ほんの一瞬の“止め”。それを入れることで、崩れない。周りは、速い。すでに組み始めている者もいる。

――焦るな

音に引っ張られそうになる。でも‥

――自分の線でいけ

和也の言葉が、頭に残っている。観覧席。

「……間に合うかな」

望が、ぽつりと言った。和也は、すぐには答えない。視線は、雄介の手元にある。

「……ギリだね」

「うん。でも――」

琴葉が続ける。

「崩れないやり方になってるよ」

 その一言で、少しだけ空気が変わった。あいりは、すでに加工の終盤に入っていた。動きは一定。速くもない。遅くもない。ただ…正確。部材を合わせる。確認。ほんのわずか。

――すいた(隙間ができた)

わずかなズレ。でも、焦らない。鑿を入れる。削る。合わせる。ぴたり、と収まる。誰にも気づかれない。でも…

――大丈夫

自分には分かる。雄介は、刻みを終え、組みに入った。ここからが、本番。柱。梁。桁。一つ一つ、組み上げていく。

――最初の基準

戻った意味を、ここで活かす。梁を立てる。差金を当てる。

――直角

確認。

――よし

次。柱を入れる。少しだけ、固い。

――来た

手が止まる。叩けば入る。でも…

――それはダメだ。無理に入れれば、歪む。

ほんの一瞬。

――戻るか、押すか、時間は、ない。それでも削る。

決める。ほぞ穴とほぞに鑿を入れる。ほんの一削り。合わせる。今度は…深さの半分まですっと入った。そこから叩いて入れてく。

「……よし」

小さく、呟く。

 観覧席。和也が、ほんのわずかに頷いた。

「今の、いい判断だな」

琴葉も、息を吐く。

「うん……押さなかった」

それが、すべてだった。標準時間終了まで、時間は残りわずか。会場の空気が、さらに変わる。完成して手を挙げる者組み上げ作業を行う者。組めずに手直し作業する者。まだ加工している者。差が、はっきりと出始める。雄介は、最後の部材、振れ垂木と筋違いに手をかけた。

――あと少し

でも…手が、重い。緊張感、疲労、集中力。全部が、限界に近い。

――ここで雑にやったらこれまでが無駄になる

息を整える。垂木と筋違を組み併せて、釘でとめる。ここでは釘は打掛にする。最後の一手。差金で天端がそろっているのを確認する。

――いける

柱と桁に合わせる。柱と梁、梁と桁の直角が狂わないように注意しながら釘で固定していく。芯墨が通り、ぴたりと収まった。時間を確認する。標準時間終了まで、残り2分。

「「やば……」」

誰かの声。あいりは、最後の確認をして、濡れたタオルで汚れを拭いていた。

――焦るな。まずは確認や。

一呼吸おいて、作品を一通り眺める。その後時間を見ながら汚れをふき取る。標準時間終了の合図が、近づく。雄介は、全体を見た。完璧ではなかった。でも…

――やり切った

その感覚が、あった。提出のため手を挙げる。あいりとほぼ同時だった。

「標準時間終了です。ここから延長に入ります」

検定員が声をあげた。完成した作品に検定員が黒のマジックで時間を書き込む。背中に付けたゼッケンも提出するため、あいりとお互いに安全ピンをはずしあう。補佐員を務めた坂崎が2人の作品と現寸図、ゼッケンを回収していった。

「終わったわ…」

「終わったね」

雄介は、その場に座り込んだ。あいりは作業エリアの片づけをしていた。延長15分が経ち終了の合図。音が、止まる。2名が未完成だった。アカデミーの学生は何とか全員提出出来ていた。1年生の2人は標準時間で完成させていた。

 静寂。さっきまでの音が、嘘みたいに消える。雄介は、その場に座り込んだままだった。天井を見上げている。あいりは、作業エリア内の片づけをほぼほぼ終わらせていた。

 観覧席。琴葉の手が、ほどける。和也は、何も言わない。ただ、見ている。

 結果は、まだ分からない。でも…確かなものが、残っていた。崩れても、戻る。迷っても、選ぶ。その積み重ねが、形になった。刃が入った時間。刻んだ数。そのすべてが…今、この瞬間に集まっている。勝敗は、あとで決まる。でも…

この一日は、もう戻らない。そして、人は知る。

 極限の中で残るものが、

 本当に、自分の技術なのだと思い知らされる。


第119話目の投稿になりました。ここまでお読みくださりありがとうございます。

雄介達の技能五輪が終了しました。時間内に課題を組み上げることができました。練習のたまものです。

和也も琴葉も、この日ばかりはただ見守ることしかできません。教えた相手の本番。2人は指導者の気持ちを分かったことでしょう。

次回は 検定後のエピソードです。お楽しみいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ