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君と彼らが僕の心に火を灯す  作者: 牧村せつら


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116/121

ぶつかる線

 1月下旬。実習場の空気は、張り詰めていた。技能五輪まで、あと二週間。木に刃物が入る音が、いつもより硬い。乾いた音が、空間に刺さる。

「……これ、またズレてるね」

 琴葉に指摘され雄介が、組んだ部材を一度ばらす。何度目か、もう分からない。

「なんでや~。ちゃんとやってるのに」

声が低い。苛立ちを押し殺している。あいりも、口数が少ない。墨を引き、刻み、当てる。

だけど…

「合わない……」

小さく呟いた。時間はあるようで、ない。いや、もう“ない”に近い。

「一回止めよう」

琴葉の声が、入る。静かだが、迷いがない。そのうえ重い。

「今の状態で続けても、精度上がらないね」

雄介が顔を上げる。

「でも止めてる時間なくないか?」

「あるよ」

即答だった。

「このまま崩れたまま進む方が、時間かかるし」

課題に差金を当てる。ほんのわずかな狂い。

「ここ。原因こことここだから。ここの墨の実長と勾配が微妙にずれてるから。なんでずれたのか…」

雄介が、黙る。

「一回、自分で考えてみて」

琴葉はそれ以上言わない。手も出さない。沈黙。木に触れる音だけがする。

「違う、そうじゃないよ」

別の場所で、和也の声が上がった。

「今の引き方だと、最後に遊びが無くなり手直しに時間がかかるよ」

部材を手にを取り、加工して見せる。

「ここは残さず落とす。で、こっちは最後にのみで調整するよ」

すぐに加工が終わる。動きに無駄がない。出来上がった部材はぴたりと収まった。

「……す、すごい…」

1年の2人が思わず声を漏らす。

「同じようにやってみようか」

和也は口調はやさしいが、指導は淡々としている。迷わせない。止めない。

 実習場の中に、二つの流れができていた。考えさせる琴葉。見せて引っ張る和也。どちらも正しい。だけど…空気は、少しずつズレ始めていた。


「なあ……」

休憩中、雄介が言った。

「どっちでやればいいんや」

苦笑いにもならない顔。

「琴葉は“考えろ”って言うし、和也は“こうやれ”って言うし」

あいりも頷く。

「正直……迷う」

その言葉に、場が静まる。

「……そうだよね」

琴葉が、小さく言った。少しだけ、視線を落とす。そのとき――

「ごめん迷わせてるのは、こっちだね」

和也が、はっきりと言った。全員が顔を上げる。

「今はもう考えるている時間じゃないと思うんだ」

和也は続ける。

「本番まで2週間。身体にすべてを入れる時期だと思うんだ」

真っ直ぐな言葉。

「迷ったら、その時点で遅れちゃうし」

空気が、張る。

「……でも」

琴葉が口を開く。

「考えないと、応用きかないよ」

静かだが、強い。

「本番、想定外が起こったらどうするの?」

「起こらないようにする」

再び即答だった。

「課題はほぼパターンだよ。型で押し切るしかないよ」

沈黙。ほんの一瞬。でも、それで十分だった。

「……それじゃ、対応できない人もいるよ。理屈を知っていないと予期せぬミスに対応できない」

琴葉が言う。視線は逸らさない。

「全員が和也みたいに出来るわけじゃない」

「でも今は、一つのパターンを繰り返し練習して出来るようにしたほうが近道だと思うんだ」

和也も引かない。

「もちろんミスしないのがいいけど、緊張してやってれば予期せぬミスはあり得るよ。僕だってあれだけ練習して、五輪の本番でミスやらかした。その時理屈がわかっていないと直せないよ」

空気が、完全に変わった。ピン、と張り詰める。周りの音が、一瞬消える。

雄介が、ぽつりと言った。

「……俺、正直どっちも分かるわ」

苦笑い。

「でも今は……間に合わせたい」

その一言が、全てだった。琴葉は、少しだけ目を閉じた。

ーー教えて送り出すって、こういうことか

「……分かった」

ゆっくりと、言う。

「今は、和也のやり方でいこう」

顔を上げる。

「その代わり、ワンパターンで覚えて時間があったらちゃんと考える時間作って考えてもらう」

和也を見る。和也は、少しだけ間を置いて――

「……そうだね。本当なら琴葉の言ってることが大事なんだと思うよ」

短く答えた。空気が、戻る。音が、戻る。刻む音。削る音。午前中より、少しだけ鋭い。琴葉は、木に手を当てた。冷たい。

 でも…その奥にあるものは、知っている。教えることは、渡すこと。でも、渡し方は一つじゃない。

和也は前に立つ。自分は、横に立つ。それでいい。

「はい、次」

和也の声。

「同じようにやってみて」

「分からなかったら、あとで一緒に考えよう」

琴葉が続ける。二つの声が、重なる。ズレていたはずの線が、少しだけ重なった。

坂崎は何も言わず、その様子を見ていた。小さく、笑っていた。

 技能五輪まで、あと二週間。もう時間はない。でも…今、この瞬間の一手が、全てを変える。ぶつかることで、見えるものがある。その先にしか、届かない精度がある。

 刃が入る。

 木が応える。

 そして、人もまた――応えていく。

 その一打に、すべてを込めるように。



第116話目の投稿になりました。ここまでお読みくださりありがとうございます。

指導方法は人によって千差万別、和也と琴葉の指導論が異なるのは当然のことです。その時その時で最善は異なります。この場合、相手が何を望んでいるのかを気づいてそれに合わせた琴葉はまたひとつ成長したのだと思います。

次回は技能五輪県大会直前でのエピソードです。お楽しみいただければ幸いです。

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