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君と彼らが僕の心に火を灯す  作者: 牧村せつら


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115/121

送り出す手

 12月下旬。実習場の空気は、慌ただしさを帯びていた。

年明け2月頭に控えた技能五輪。2年生は、その対策に追われている。時間が、足りない。

「やばい……終わらない」

雄介が頭をかく。

「時間で全然組めないし、まだこの精度じゃ通らないよ」

あいりも、手を止めない。加工の音が、いつもより荒い。焦りが、そのまま手に出ていた。

「一回、手を止めよう」

琴葉の声。少し強く、はっきりと。全員の手が止まる。

「今のままやっても、精度上がらない」

静かに言う。

「焦ってるときほど、基本に戻ろう」

差金を手に取る。材料に当てる。

「ここ、線の勾配ちゃんと見て」

ほんのわずかなズレ。

「このまま進めたら、最後で合わなくなるよ」

「……ほんまか」

雄介が、息を吐く。

「模擬棟のときも、そうだったよね」

琴葉が続ける。

「急いでるときほど、一回止まって見直す」

その言葉で、空気が少しだけ落ち着いた。削る音が、戻ってくる。

和也は概ね加工の指導をしていた。

「はいもう一回、ほぞ穴掘ってみて。今の状態は線取りすぎてるよ。だから柱挿したときに緩くて抜けてしまって、柱の直角が組立時に出せなくなってる。繊維方向はこのまま墨取っていいから、直行方向は墨残す感じで。それで練習してみて」

課題の解体材を使って、やって見せる。5分もかからずに綺麗なほぞ穴が出来上がる。和也の周りにクラスメイト8名が集まって加工を見ている。

「やっぱり上手いよね和也君」

望が改めて言った。

「何度も練習したからですよ。みんなもポイントを押さえて練習すれば、必ず出来るようになりますから」

そして23日で年内の授業が終了した。建築科では授業が終わっても、28日までは自主練習のため建築実習場が開放されている。和也も琴葉も27日までは講師役で同級生の検定練習に付き合った。

 12月28日 この日、2人は月島工匠のバイトに向かった。年内最後の仕事。

朝礼は、いつも通りに行われた。 だけど、どこか違う空気がある。

「今日はな…」

 仁吉が、朝、朝礼時に言った。

「今日は仕事終わり、心太の送別会や」

事務所内が少し、静かになる。分かっていたこと。でも、現実になると違う。それから班別に現場に向かう。この日、心太と和也、琴葉は重の下、作業場で手刻み物件の墨付けと加工作業だった。新しくオープンする日帰り温泉施設の露天風呂上の東屋物件だった。重の墨付けした太い丸柱や梁材を、丸鋸と鑿を使って3人で加工していく。作業中、別段何も会話はない。ただ各々が材料に向かって刃物を立てていく。

昼休み、作業場で昼食。4人はテーブルに向かい合って食事をしていた。

「和君に琴葉は、この2~3年で本当に加工が上手くなったよ。伊達に技能五輪で入賞したわけではないね」

「本当ですか? 本当だったらうれしいです」

和也が笑って言った。

「僕もうれしいです」

そう返しながらも琴葉はどこか暗い。

「僕が高3の夏にバイトに来た時に、心太さんに勧められてアカデミー見学行ったんですよね。僕が大工になったのは心太さんや重さんに憧れたからですよ。あの時、重さんが初めて、アカデミーの話してくれたんですよね」

「そうそう、そしたら僕の担任だった、坂崎先生がオーキャンで説明してくれて、おまけに担任になったんだろ。笑っちゃうよね。入学して、和君が琴葉を、連休の自主練習に連れてきて、それから琴葉も月島工匠でバイトすることになったんだよね」

「色々なことがありました…」

「そうだね色々なことがあったね…」

午後からのも4人はもくもくと作業をこなした。加工する3人の鑿の音、丸鋸の音が音楽のように作業場に響き渡る。心地いい響きの中、重は微笑みながら墨付けを行っていた。


 仕事終わり、月島工匠の社員たちが現場から帰ってくる。心太と和也は一緒に湯船につかっていた。

「こうして会社の風呂に入るのも、今日が最後だね」

心太がしみじみと言った。仕事後の酒宴があるたびに、月島工匠の職人たちは会社で用意した風呂に浸かってから、大広間で宴会となる。

「あっという間の11年だったな」

湯気が、ゆっくり天井に消えていく。

「僕が入ったときは和君まだ小学3年生だったもんな。よーく沙紀ちゃんについて作業場で4人で遊んでいた…あ、ごめん」

心太は言葉を止めて謝った。

「大丈夫ですよ。恋の事はさみしいですけど、みんなのおかげで前を向くことが出来ましたから」

「そうか強くなったね。和君、月島工匠、僕の分、後は任せたよ」

「はい、心太さんも頑張ってください。またいつか一緒に建物作ってみたいですね」

 大広間に移動するとテーブル三つが並べられ、手作りの御馳走が並べられていた。

「はら、今日は心太の席はここだ」

既にコップで日本酒を飲み始めていた仁吉が手招きをして、上座の席に座らせた。広間には社員8名の他に、和也の両親、沙紀、風香そしていつもは給仕に徹している月も座っていた。 

「それじゃあ、心太の送別会を始めるぞ。まず心太から一言頼む」

その場で立ち上がり一礼した。みんなが心太を見つめた。

「今日は私のために送別会を行っていただいてありがとうございました。前にも話しましたが、この度、隣県の叔父のところの工務店を継ぐことになりました。僕が月島工匠に入って、11年になりました。さっき風呂の中でも話していたんですが、あの時和君はまだ小学3年生でした。それが今では一緒に肩を並べて大工作業出来るようになっていました。本当にあっという間でした。この間、仁吉親方や奥さん、重さんをはじめとする社員の皆さん方、それに小暮先生には本当にお世話になりました」

心太は90度に頭を下げた。

「年明けから叔父の小さな工務店で働くことになります。ここで学んだ多くの事を活かして、今度は叔父の下で、いい仕事をしていきたいと思います。月島工匠みたいに、社員を宝のように大事にしてくれる地元密着の工務店を目指して頑張りたいと思います。長い間、本当にお世話になりました」

再び90度に頭を下げた。瞳には涙が溢れていた。大きな拍手に包まれる。仁吉は泣涙を流して拍手している。

「それじゃあ、乾杯するか」

涙を払いながら仁吉が言った。

「心太、11年間良く頑張ってくれた、ありがとな。向こうでもお前なら大丈夫。それじゃ、心太の門出を祝って乾杯っ」

グラスが、静かにぶつかった。

時間が流れる。笑いもある。いつものように。でも、どこか今日は違った。

琴葉は、ずっと黙っていた。グラスを持ったまま。何度か口を開きかけて、すぐに閉じる。

「……大丈夫?」

 お酌して回っていた心太がやってきて言った。

「いやえっと……」

言葉が、出てこない。少しだけ間があって。

「ありがとうございました」

やっとそれだけが、出た。 心太は、少しだけ笑った。

「硬いね。何も永遠の別れってわけじゃないんだから」

笑いながら軽く言った。琴葉は、顔を上げた。

「最初は……心太さんに認めてもらいたくて…」

言葉が、少しずつ出る。

「それで、大工を頑張ってきました」

「うん」

心太は、頷く。

「でも今は……」

 一度、止まる。

「大工が好きです」

はっきりと、言った。

心太は、少しだけ目を細めた。

「そうか…それならよかった」

それだけ。

「今の琴葉はいい顔をしてるよ」

短く、続ける。

「このまま続けて歩いていって。いつか和君と3人でまた建物つくろう」

琴葉は、小さく頷いた。


 宴会がお開きとなり、沙紀の部屋。

「……すっきりした」

琴葉が言う。

「いい顔してるぞ、ランクアップできたか」

沙紀が笑う。

「うん」

少しだけ、笑った。


 年が明ける。1月4日、実習場。

「ここ、どう考える?」

琴葉が言う。相手は、1年生2人と大勢の2年生。技能五輪の自主練習。

 以前とは違う。言葉が、出る。迷わない。

「一回、もう一度自分で考えてみて」

答えるまで待つ。急かさない。

「分からなかったら、いくらでも教えるから」

その声は、落ち着いていた。和也が、少し離れたところから見ていた。

――変わったな

削る音。刻む音。そして、声。

技術は、受け取るだけじゃない。渡していくものだと分かった。

送り出す。そして、引き継ぐ。その中で、自分の形ができていく。

琴葉は、木に手を当てた。冷たい感触。

 でも、その奥は温かい。進むべき道が決まった彼女に、もう迷いはなかった。



第115話目の投稿になりました。ここまでお読みくださりありがとうございます。

心太が新天地に旅立ちました。そしてそれを送り出した、和也と琴葉達でした。

次回は、雄介達の技能五輪の練習回です。お楽しみいただければ幸いです。

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