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君と彼らが僕の心に火を灯す  作者: 牧村せつら


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114/122

伝えるということ

 12月。実習場の空気は、冬の匂いに変わっていた。朝の冷えた空気の中、木に触れると、わずかに冷たい。だが、刃を当てれば、音は変わらない。コン、コン――。鑿の音が、静かに響く。

「はい、ここ。もう一回確認して」

琴葉が声をかける。1年生が、手を止める。規矩術の小屋組み実習課題。柱、母屋、軒桁、平垂木、配付垂木。図面を見ながら、頭の中で立体を組立。

「ここで勾配狂うと、上で全部ずれるよ」

「……はい」

返事はある。だけど、手が止まる。どう考えていいか、分からない。一方で。

「そこ、なんでそこから線引いたのかな?」

和也の声。2年生。技能五輪の予選課題。

現寸図、木削り、墨付け、加工組立。

「……えっと」

「理由を言ってみて」

答えが出ない。和也は、少しだけ間を置いた。

「じゃあ、一回止まって考えようね」

けっして怒らない。だけど、逃がさない。曖昧なまま先に進めさせない。今回の実習は、少し特殊だった。この時期、2年生は卒業制作。1年生は2階建て模擬家屋製作。それと同時並行で2年生は、技能五輪の課題訓練。1年生は、規矩術の寄棟小屋組み課題作成。週の半々で実習に取り組んでいるのが建築施工科のカリキュラムの定番になっている。手狭だけど同じ建築実習場内で授業を行っている。

そして‥その両方を――

「任せたよ」

坂崎が和也と琴葉に言った。

1年生、班は4つ。一班4〜5人。和也が2班。琴葉が2班を実技指導に入る。坂崎は全体説明と要所だけを見ていた。

一通り平面図から、木材実長の求め方や、墨付けの手順を説明するが、答えは教えない。

「じゃあ、考えて各班で相談してやってみて」

それだけだった。

最初は、簡単だと思っていた。自分達は、できる。だから、教えられる。

――そう思っていた。

「ここ、どうやって考えた?」

琴葉が聞く。1年生が、図面を見ている。

「……なんとなくで…」

自信なさそうなその一言で、止まる。

――なんとなくって何?

それが、一番難しい。何も理解していない証拠だ。

「なんとなく、じゃなくてさ」

言葉にする。だけど、うまく出てこない。自分達は、どうやって覚えたのか。どう考えていたのか。それを説明する言葉が、ない。

「ちょっと貸してみて」

和也が入る。木材に指金で墨を描く。

「ここはね、こういう勾配で墨を付けるよ。一度小さい個人課題でやってるよね」

手を動かして墨を描いていく。

「で、ここで矩、あ、直角に受けるよ」

線がつながっていく。

「……あ」

一年生の目が、少し変わった。だけど‥それは“分かった気になる”だけだった。結局、やってもらっているだけで自分では理解していない。だから自分でやると、また止まる。

「……難しいなぁ」


 昼休み。和也が呟く。

「「う~ん」」

琴葉も、同じだった。

「できるのと、教えるのって、全然違う」

「ほんとにね」

少しだけ笑う。だが、その笑いは苦かった。

「先に考えさせよう」

和也が言う。

「うん、答え言っちゃダメだね。そういえば坂崎先生がそうだった。徹底的に自分達で考えさせたもん。それから聞くと、たくさんの方法教えてくれる。それが全部理解できた」

琴葉が頷く。

「確かに自分達で分からないなりに考えてから聞くと、教えてもらったことが良く分かるんだよね」


 午後の実習場。

「どうなると思う? どの勾配使う?」

1年生に問いかける。

「ここ、どう考える?」

問いかけてから待つ。時間がかかる。沈黙が続く。

だけど…

「……こう、ですか?」

小さな声。

「いいね、それでやってみよう」

少しずつ、自分で考え始める。


 午前中、現寸図を描いて木削り、墨付けをしていた2年生。午後は加工の練習に入っていた。

「なんで、そないに簡単にできるんや?」

雄介が、ため息をつく。加工を見ていた。和也の手。

迷いがない。速い。正確。

「いや、簡単じゃないって」

和也は笑う。

「地獄の努力の結果だよね」

琴葉が、さらっと言う。

「なんやそれ、わいらにも地獄が待ってるんか」

「ここからが地獄の始まりだよ」

琴葉の顔に苦笑が浮かぶ。

「なんでや~」


 2年生の中に1年生の玲奈と、美山、二人だけ混ざって課題に取り組んでいた。動きが違う。目が違う。

「ここ、どう思う?」

和也が聞く。

「……ここ、逃げている気がします」

玲奈が答える。

「正解、ここは後から組んだ時に遊びの部分として墨をとって加工する。だから手直し無しで最初から鋸で墨を落としてしまうよ」

すぐに返す。その一言で、また顔が変わる。

「はいっ」


 夕方。実習場に、静けさが戻る。木屑の匂い。加工の音も、少しだけ落ち着く。

「……疲れた」

琴葉が、床に座り込む。

「五輪より疲れたかも」

和也も、同じように座る。

「わかる」

一緒に笑う。坂崎が、近づいてくる。

「どうだい?」

短く聞いた。

「難しいです」

和也が答える。

「思った以上に」

琴葉も続く。坂崎は、少しだけ笑った。

「だろうね」

それだけ。

「できるやつほど、教えるのに苦労するもんだよ」

静かに言う。

「自分が無意識でやってることを、言葉にしなきゃならないからね」

和也は、少しだけ考えた。自分の手を見る。いつの間にか、無自覚にできるようになっていたこと。それを、どう伝えるか。

「でもね」

坂崎が続ける。

「教えられるようになって、初めて一人前なんだよね」

その言葉が、2人の頭に残った。


 外は、もう暗くなっていた。冬の空気。息が白くなる。

実習場の中。1年生が、まだ木に向き合っている。考えながら、止まりながら、それでも手を動かしている。2年生も、残って各々練習を続けている。

音は、まだ続いている。

 削る。刻む。考える。

 そして――

 伝える。

 技術は、渡していくものだ。

 その難しさと、その重さ。

 少しだけ、分かった気がした。ほんの少しだけ。


第114話目の投稿になりました。ここまでお読みくださりありがとうございます。

琴葉、和也への坂崎の次の課題は、指導役の補助を行う事でした。2人がこれまで学んできたことを、同級生や後輩たちに伝える技術。教えることで教える側も、技術や技能を言語化して棚卸することができます。2人はこの経験をとおしてレベルアップできるでしょうか?

次回は心太の送別です。 お楽しみいただければ幸いです。

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