表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君と彼らが僕の心に火を灯す  作者: 牧村せつら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

113/122

形に残るもの

 11月末。実習場の空気が、少しだけ冷たくなっていた。二階建て模擬棟。その建物の全体での製作がついに終了し概ねが完成した。正確には内装仕上げ以外を除いて。

「……できたわ~」

「うん、できたね」

雄介の言葉に、あいりが小さく呟く。足場は外され、杉板の外壁も納まっている。窓も入り、玄関も整った。“建物”になっていた。

 琴葉は、少し離れた場所からそれを見ていた。

「……ほんとに、建ったね」

あの寒い冬。墨を打ち、刻み。そして春に組み上げ、厚いこの夏に造作作業の日々。そのすべてが、形になって目の前に立っている。風が、外壁をなでる。音が、変わった。杉の香りが漂ってくる。何もなかった場所に、空間ができている。

「中、見てきてごらん」

坂崎の声。2人は、無言で頷いた。玄関をまたぐ。床の感触。室内の空気の匂いはいっそう杉の香りが漂う。

「……いいな」

和也が、静かに言う。琴葉は、柱に手を当てた。わずかな反り。木の癖。

――ちゃんと、生きてる

 建物の内部。洋間は石膏ボードの天井。壁は床から1.2m程の腰壁に杉板が縦張り。その上部が石膏ボード仕上げ。床はミディアムオーク色のプローリングが張られている。

 和室は天井が目透かしプリント合板仕上げ。壁は石膏ボードの真壁造り。床には畳が敷かれている。二階の洋間も一階と同様の仕上げだった。11月までの授業が終了してまだ終わりじゃない。ここから、卒業制作で施工系に就職する学生達が内部仕上げを行っていく。

 卒業制作。12月から3月頭にかけて、自分の就職先に併せてそれぞれが課題を持ち、ものづくりを行っていく。

琴葉と和也の二人に与えられたのは、和室のふすまと障子の製作だった。

「最後にここに建具作るのか」

「和室、ちゃんとやるの初めてだね」

図面を見ながら、開口の納まりを確認する。

「結構、開口枠あばれてるね。寸法計って現場合わせで作らないと」

「うん、そうだね。建付けは大丈夫だとは思うけど、もう一度計らないといけないね」

「そうなんだよね。鴨井は柱のクセを見て取り付けてるけど、もう一度確認しよう」

和也が差金を当てる。琴葉がコンベックススケールで内法寸法を測った。

「やっぱり、微妙に内法ちがう」

「矩がわずかに狂ってる。これが原因だね。今更、ばらせないから仕方ないね」

「和室は難しいね。柱は真っすぐに見えて微妙に捻じれてるし」

「勉強になるよ。バイトではさすがにやれせてもらえないからね。だから頑張ろう」

「うん、がんばろうね」


 翌週から卒業制作が始まった。ちなみにあいりは他3人の学生4人で模擬家屋内の内部仕上げを行う。和室は漆喰風塗料で壁の塗装仕上げ。1階洋室は天井と壁をクロス貼り仕上げ。2階はそのまま石膏ボード下地張りのままで仕上げは行わない。雄介は他5人の6人で玄関脇の収納棚づくりと、玄関ステップPタイル仕上げ、玄関上の柱付きポーチ庇の後付け作業。望とほのかは、今回建築した模擬家屋の構造計算書を含む確認申請書類と積算・見積書の作成。残り6名の学生は洋間と和室内に置く木製家具の製作。全部で建具・内部仕上げ・玄関周り施工・設計・家具製作の5コースに分かれている。

 琴葉と和也は、建具を入れる建具枠部分の寸法を慎重に計り、内法寸法を算出する。その後、すべての建具の現寸図をシナベニア10枚以上に描いていく。

「あれだけ辛かった現寸図が、こんなところで役に立つなんて思ってもいなかったよ」

琴葉が実習場に、シナベニヤを数枚張り合わせて敷いた現寸板に、建具の現寸図笑顔でを描きながら言った。

「そうだね。現場合わせで寸法取って作るんだから現寸描くと楽なんだよね」

「あれ何でそんなに楽しそうなの?」

「琴葉だって楽しそうだよ」

「だって楽しいんだもん。現寸描くのがこんなに楽しい日が来るなんて思わなかった。あれだけ辛かった現寸図が、こんなところで役に立つなんて思ってなかったよ」

「そうだね。五輪の時は追い詰められていて、苦しかったけど、好きな物を作るのに描く現寸ってワクワクするよ。確かに失敗出来ないからある意味五輪より緊張するけどね」

「あれ、これって僕達現寸中毒?」

「だな…」

2人は向かい合って大きな声で笑った。

 あの時は、時間との勝負だった。今は違う。“残るもの”との勝負。でも楽しい。そんな2人を坂崎も笑顔で見守っていた。


 12月に入って‥別の動きもあった。

「あいり、決まったって?」

「うん。前に行った内装の会社」

「マジか、おめでとう」

 あいりが、少し照れながら笑う。

「バイトから、そのままって感じ」

 ほのかも、静かに言った。

「私も……内定もらった」

「どこ?」

「県北の建設会社。監督補助事務」

 望が、少しだけ嬉しそうに頷く。

「いいじゃん」

 それぞれの道が、少しずつ形になっていく。


 五輪で得たもの 広がった視野。だけど――最後に手を動かしているのは、ここだった。

 現寸を描く。木を削る。納める。形にする。

琴葉と和也がその日も並んで建具を作っている。

「結局、ここに戻るんだな」

和也が言う。

「戻るっていうか……」

琴葉は、少し考えてから言った。

「ここから、広がるんじゃない?」

和也は、少しだけ笑った。

「そうだね」


 外は、もう夕方だった。夕焼けの日差しを浴びながら障子の組子に鉋をかける。2人は時間が経つのも忘れて、建具づくりに没頭していた。楽しい。あの苦しさが、嘘みたいだった。

 技術は、目に見えないこともある。だが、形にすれば、残る。

 そして――誰かが使う。

 誰かが触れる。

 それが、建築だった。


第113話目の投稿になりました。ここまでお読みくださりありがとうございます。

五輪を経て、ものづくりの本当の楽しさが分かった琴葉と和也です。辛かった現寸が、楽しくてしょうがない二人です。この現寸図から様々なものが生み出されていきます。

次回は 二人に新たな役割が‥。お楽しみいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ