削る手、伝える手
10月最終週。アカデミーの空気は、いつもと違っていた。実習場の外まで、笑い声と木の匂いが広がっている。学校祭。和也と琴葉は、これまでほとんど関われなかった。大会、練習、実習。時間は常に足りなかった。だが今年は違う。
「これ、あと何脚?」
「あと4つや。脚は組んであるから、面取って仕上げればいける」
昨年の模擬棟を解体した廃材。その杉材を使って、2年生の半分は40脚ほど雄介とあいりが中心になって椅子とテーブルを作っていた。
6名は模擬店の屋台製作を行っている。その傍らで和也が6cm角、長さ2mの杉材に鉋をかける。
スッ――と、音が伸びる。削り屑が、薄く、長く流れた。
「やっぱ違うな……」
横で見ていた望が、思わず声を漏らした。
「ティッシュみたい……」
ほのかが驚いて声を漏らした。
琴葉が、その削り屑をそっと拾う。光に透かすと、ほんのりと木目が浮かぶ。
「これ、まだ厚くない?」
そう言いながら、指先で撚る。折る。重ねる。薄い削り屑が、ゆっくりと形を変えていく。やがて、一輪の花になった。
「……すげぇ」
雄介が、思わず笑う。
「カンナフラワー。ティッシュより薄いと、ふわっとした花びらがきれいに巻ける」
琴葉は、静かに言った。和也、琴葉、望、ほのかは、鉋屑で作るカンナフラワーでブーケを40束を目標に製作していた。和也がひたすら鉋を引き、残りの3人はバラを折る。折られたバラの根元を、緑色の金属ワイヤーで縛り、その上から緑色のフローラルテープを巻いて完成させる。6本のフラワーを一束にしてブーケ状にラッピングして最後にリボンを結ぶと完成。
3人の手つきには、もう迷いがなかった。すでに作業机の上には20束以上のカンナフラワーブーケと折られたばかりのカンナフラワー50本以上置かれていた。
「まったく坂崎先生も、器用だよね。鉋屑でお花作っちゃうんだから」
ほのかが花を織りながら言った。
「先生、なにげにこういうの好きだよね」
琴葉が笑って答えた。カンナフラワーは坂崎が琴葉達に作り方を指導したものだった。
「普段の先生からは想像もつかないよ」
「本当だよね。普段は繊細さのかけらもないもんね」
「「だね」」
望と和也も頷く。
「こらこらこらこら‥誰が繊細さのかけらもないって?」
坂崎が背後から声をかけた。
「え~誰のことかな~、あ、雄介の事です」
琴葉が切り返した。
「なんでや~」
その場にいた誰もが笑った。
「ほ~ら、残りのブーケ頑張って明日中に頼むよ」
坂崎も楽しそうに笑って言った。
文化祭当日。建築科実習場の入り口とシャッターが開けられ、椅子、テーブルとカンナフラワーブーケ、木製コースターの販売が行われている。外には特設ステージが作られ、その脇には建築科の模擬店が4つ並ぶ。
「さあ、建築2年生が手作りの木製椅子とテーブルやで。どちらも大変お得な1脚1000円や。こっちはカンナフラワーで作ったブーケや。大変珍しい木の花束や、見てっといてや。一束500円。杉のコースターもあるで。こっちは5枚100円や。カンナフラワーの無料製作体験もやっとるで~」
雄介が実習場の外に作られた特設ステージから、マイクで明るく楽しく大きな声をあげる。
「こっちでカンナフラワー製作の体験やってます。体験無料です。どうぞ体験してってください」
ほのかが、来場者に声をかける。
実習場内の一角に、「ものづくり教室」の看板が立つ。カンナフラワー組の4人が
小学生、中学生が、次々と入ってくる。
「鉋引きやってみたい人、いる?」
鉋屑はすでに用意してあったが、希望者には鉋引きも体験してもらう。和也が声をかけると、小さな手が一斉に上がった。
「「「はいっ!」」」
「鉋は押すんじゃない。引くんだよ。体ごと、まっすぐ」
和也が引いて見せる。静かな音。一直線の削り。薄い透けて見える鉋屑が出てくる。
「うわぁ……!」
子どもたちの目が、輝く。
「交替でやってみようか」
小学生の男の子が、鉋を握る。力が入る。刃が暴れる。
「ゆっくりでいい。焦らなくていいよ」
後ろから手を添える。姿勢を整える。
スッ――。
短い削り屑が、ふわりと落ちた。
「できた……!」
その一言で、空気が変わる。和也は、少しだけ笑った。
隣では、琴葉がカンナフラワーを教えている。
「強く引っ張らないで。やさしくつまんで、潰さないように折って巻いていくよ」
琴葉が見本を織りながら説明する。女の子達が、慎重に手を動かす。
「こう……ですか?」
「うん、いいね」
花が、形になっていく。
「かわいい……!」
笑顔が広がる。琴葉は、その様子を見ていた。少しだけ、胸が温かくなる。
――伝わってる
技術が、誰かの手に移る。それは、削ることとは違う喜びだった。
建築実習場の外では、特設ステージが盛り上がっていた。
「そんなら、小学生の部予選いくでぇぇぇ!」
マイクを握った、雄介の声が響く。
鋸による、105角杉の早切り大会。ギャラリーが囲む。
「よーい……スタートや!」
ギコギコと音が響く。観客の歓声。
「うわ曲がるよ」「早っ!」「やば!」
木が切断される音。決着。
笑い声と拍手が、秋の空に広がる。
夕方。すべてが終わり、実習場は静かになった。
売り場に並んでいた木製椅子とテーブルは、ほとんどなくなっていた。カンナフラワーのブーケは完売していた。
「……売れたね」
「うん」
和也と琴葉は、並んで座る。
木の匂い。削り屑の感触。
「去年は、こんな余裕なかったな」
「なかったね」
少しだけ、笑う。
琴葉が、手を見る。傷跡は変わらないその手。だが、使い方が変わっていた。
和也も、同じだった。
削る手から、伝える手へ。技術は、自分の中だけにあるものじゃない。渡していくものだと思った。
空は、少しだけ赤くなっていた。秋の風が、静かに吹く。
五輪は終わった。だけど、ここから先の方が、長い。
削る音は、まだ続く。その隣で、誰かの音も、重なっていく。
それが、少しだけ嬉しかった。伝える手になれたことが。
第111話目の投稿になりました。ここまでお読みくださりありがとうございます。
文化祭、今回は各科毎に各実習場とその前でイベント開催の形にしてみました。建築科では毎年、木製製品の販売を恒例にしています。その製作は2年生中心で、1年生は模擬店中心です。昨年は色々あった和也達。今年は心のそこからものづくりを楽しめたことでしょう。
次回は「2泊3日の東京方面施設外研修」です。
お楽しみいただければ幸いです。




