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君と彼らが僕の心に火を灯す  作者: 牧村せつら


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107/123

初日の音

 大会当日。まだ薄暗い早朝、ホテルの一室で鉛筆の音だけがしていた。

シャッ、シャッ、とベニヤに走る線。和也は現寸図を一枚、無言で引き終えた。隣では琴葉も、同じように線を引いている。練習通り。それだけだった。

 朝食はほとんど味がしなかった。だが箸は止まらない。体に入れておく。

 8時過ぎ、会場入り。アリーナの空気は昨日とは違っていた。人が増え、工具の金属音が響き、それでもどこか、静かだった。誰もが、自分の中に潜っている。

「和。琴葉」

背後から声。

振り返ると――

「え……」

月島工匠の一団が立っていた。仁吉を先頭に、職人たち。月までいる。さらに、和也の両親。琴葉の両親。風香が手を振っている。

「お兄ちゃん! 琴葉ちゃん! 頑張って!」

「昨夜12時に出てきた」

仁吉が言う。

「会社は臨時休業だ」

その言葉に、和也は息を呑んだ。心太もいる。重もいる。さらに奥から、石崎が姿を見せた。

「昨日の最終で来た」

短く言う。神門も腕を組んで立っている。和也は、笑った。

「いつも通りに頑張れる。ありがとう」

琴葉は、少しだけ肩を震わせながら言う。

「でも……ちょっと緊張するな」

「ほな、わいらの顔見てリラックスや」

雄介がにやりと笑う。

「このばかの顔見たら調子崩すから見ないでいいよ」

あいりが即座に返す。

「なんでや~」

望、ほのか、美山、玲奈。みんな、いる。

「大応援団だね~」

坂崎が静かに言った。


 場所の抽選。当日変更部材の発表。建築大工部門、67名。

工具の準備時間が終わる。

 午前9時。開始直前。会場が、しん、と静まり返った。会場が、しん、と静まり返った。

67人の呼吸だけが、そこにあった。琴葉の手が、震える。

――緊張している。手が、冷たい。この時間、長い。

 呼吸が浅くなる。その隣で。和也は、なぜか笑っていた。周囲は張り詰めている。誰もが固い表情。その中で、ただ一人。

――みんながいる。いつも通りやるだけだ。自信はある。

作業開始の合図。空気が破れた。

 現寸図。最初に手が上がった。琴葉。迷いのない動き。和也は5分遅れて追う。

 木削り。鉋の音が、アリーナに響き渡る。

シュッ——。

スコヤ、自在金で矩を確認する。部材のくせを慎重に読む。

 午前中。最初に木削りを終えたのは、和也だった。続いて10分後、琴葉も終える。


 昼休憩。

作業エリアを出ると、坂崎が近づく。

「どうだ」

「……0.7、削りすぎた」

琴葉の声が小さい。坂崎は即座に言った。

「天端面で併せればさほど問題ないよ。基準をずらさなければ精度は保てる」

和也が続く。

「想定の範囲内だよ。十分リカバリーできる」

琴葉は、息を吐く。

「……うん」


 午後。墨付け。 部材提出三回。和也は最も早い。琴葉は、変更部材で一瞬止まった。

——違う。

手が、止まる。墨を誤った。数部材。鉋で墨を落とす。時間が削られる。

 午後5時15分、終了の合図。琴葉は、エリアに立ち尽くしていた。

「……やっちゃった。変更部材の墨」

声が震える。誰もすぐに言葉をかけられない。その中で、和也が近づく。

「想定の範囲内だよ」

静かな声。

「リカバリーできる」

沙紀が腕を組んだまま言う。

「いいじゃないか。絶体絶命から挽回してみろ。お前の力はそれが出来るはずだ」

琴葉は、涙を拭った。

「……うん」


 夜。ホテルの部屋。鉋を、もう一度研ぐ。天然砥石の上を刃が滑る。昨日より、静かに。

 沙紀は、今夜は琴葉の部屋にいた。何も多くは言わない。ただ、隣にいる。

 大会初日、終了。まだ終わっていない。明日がある。

 刃は、立っている。

 あとは、心だ。


第107話目の投稿になりました。ここまでお読みくださりありがとうございます。

練習どうりやっていてもそれでもミスは起こります。どうやって修正するか。五輪ではその修正力が問われます。もちろんここで大事なのは気持ちです。決して切れることなくモチベーションを保てるか。この晩は沙紀は琴葉に寄り添いました。琴葉、立て直せるでしょうか。

次回は全国大会二日目です。

お楽しみいただければ幸いです。

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