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脳筋3★

魔物討伐シーンにやや残酷な表現になっている箇所があります(uu)

後半で21話の時系列においつきます!






 初めはただのお荷物でしかなかった僕も、死ぬような目に遭いながら剣を振るって一週間もすれば仲間の敬語も取れ、一年もすれば仲間に頼られるくらいにはなれた。

「ロビン、そっち行ったぞ! まず目を狙え!」

「わかった!」

「初めての一人討伐なるか!?」

「え!? いつの間に、みんながいない!!」

「あはは」

「がんばれー! 足取りの感じ見ると腹いっぱいで動きノロいから、お前一人でもいける! 多分!!」

 草影からはやし立てられながら、僕は待機していた木の上から飛び降りて、自分の身長の三倍はあるドラゴンに斬りかかる。

「やぁ!」

『ギャオオオオ』

「ぐぅ……っどうだ!!」

 目に剣を突き立てて視界を奪ったまま、大きく開いた口の中に拳を入れる。叫び声を全身に浴びながら、火傷しそうに熱いドラゴンの喉の奥にある口蓋垂を引きちぎると、口を開けたまま魔物は前のめりに倒れこんだ。圧しつぶされない様にその場を飛びのき、目を刺していた剣を抜いて翼の間に突き立て背中から心臓を打つと、翼をはためかせ、辺りの木々をばさばさ揺らしてもがいていたドラゴンは少しずつ動かなくなった。

「倒せた……」

「よくやった! これで近くの村人が食われなくなるな!」

 血でぬめる手を服の裾でぬぐってから剣を腰におさめた僕に、草影から出てきたマルクが笑いかけた。

「おめでとうロビン、ほら、婚約者さんのために鱗石回収しておけよ」

「鱗石? わっ」

 調理を始めるように、ナイフで手際よくドラゴンを捌いたマルクに投げ渡された石は鶏の卵に似た色と大きさで柔らかく、力加減を誤ればすぐに崩れてしまいそうだった。

「これがな、胸の近くに貼り付けるようにして持っておくと、そのうちお前の目と同じ色の宝石になる。いい値がつくし、討伐隊の贈り物にはもってこいだろ」

「へえ……、ロマンチックだなあ」

 指先でつまんでいろんな角度から眺めていると、仲間が楽しそうに声をかけてきた。

「それって運命の相手以外が持ってると、だんだん黒い石になるらしいぜ。」

「えっ?」

「古い言い伝えだよ」

「……ちょっとこわいな」

 魔物を解体しながら笑い合う仲間に囲まれつつ、僕はまだ温かい鱗石を眺めた。


 そうやって魔物討伐隊の一員として無我夢中で剣を振るう間に4年が経った。

 目の前で民を魔物に食われたことは今も夢に見る。自分が至らなかったせいで仲間に大けがをさせてしまったこともある。魔物の血反吐の匂いは川に入るくらいでは取れないし、耳をつんざくような悲鳴が溢れる村のただ中を、大きな傷を負ってうずくまる民を見捨てて走り抜けるしかできなかったやるせなさを知っている。救えた命の温もりや、仲間と練った作戦通りに魔物を倒せた達成感を知っている。王宮での仕事に意味がないとは思わないが、僕を退けた兄が知らないだろう価値あるやりがいを味わっている実感はあった。




 もちろん自身も度々あちこちに怪我をこさえながら、それでもどうにか運よく生き残って戦線を離脱せずにいるうちに、僕はいつもの兄の気まぐれによって初恋の人の婚約者になった。


「……巻き込んでしまって、本当に申し訳ございません。」

 僕の婚約者になった日のケイティ嬢は、確かに落ち込んではいるようだった。だけど、彼女の口調からは兄に切り捨てられたことよりも、僕に対してひどく申し訳なさを感じているらしいようだった。次期国王の兄自身から公務をせずに道楽にふける男をあてがわれて、どう考えても割を食ったのは彼女の方なのに、僕を尊重してくれた。

 そのおかげで、兄たちほどではないものの、5年というそう短くない歳月僕の婚約者であったパトリシア嬢にあっさりと別れを告げられた時のショックはずいぶんと軽くなった。自分が魔物討伐隊に参加すると言った時に、既に彼女の気持ちは離れていたのだろうけど。


「話を聞いて飛んできたのですが、思ったより元気そうでなによりです」

 新しい婚約者となったケイティ嬢を見送った後、王宮の自分の部屋に戻り明日からの旅支度をしていた僕に、従者のウーロが様子を見に来た。

「……同じことをサラにも言われた」

 拍子抜けをしたような顔を浮かべたまま、ウーロは部屋の隅に積まれた荷物の一つを手に取ると、再び僕付きの侍女サラと同じことを言った。

「キッカー様、殿下の初恋のお人ですもんね」

「……そうだけど」

「本当にお美しくなられて」

「……うん、本当に……」

 僕は婚約者だったパトリシア嬢に対してそこまで不誠実であったつもりはないし、そのことを従者たちもよく理解してくれているはずなので、彼らの言葉は単純に僕を励まそうとしてのものだろう。だけど居心地は悪かった。初恋の人への想いが少しも淡くなくて少しも薄れていない自分に気づいたところだったから。


「今度は『一番珍しい魔物の素材が欲しいですわ』とねだられても、馬鹿正直にグロテスクな肉塊を手渡したりしないようにしなくてはですね」

「う」

 ウーロが僕のかつての失敗を蒸し返して釘をさすと、旅用の着替えを持ってきてくれたサラにとどめをさされた。

「あら、殿下があの時ランズマン様にこっぴどく怒られたのは、肉塊を持って行ったことよりも、ほとんど会いにいかれなかったせいだと思いますわ。討伐がお忙しくなったにしても、ご令嬢お一人で夜会に出向かなければいけないこともあったでしょうし、ようやく顔を見せたと思ったら肉塊ですもの。」

「……あの時はそれが一番喜ぶと思ったんだよ。絶対喜んでもらいたくて珍しい魔物を探し回ったんだ」

 その前にリクラドラゴンの鱗石を手に入れていたくせに、それをパトリシア嬢へ渡そうとは思っていなかった罪悪感まみれる記憶を呼び起こされ、ますます居心地悪くなりながら鞄に着替えをつめている僕に、「素材の市場価値をお伝えしたら、ランズマン様も上機嫌になられましたけどねえ」と笑っていたウーロは、ベッド脇に積まれた荷物のひとつに気づいた。

「……この多量の紙、何に使うんです? 手洗い用にしてはずいぶん上等な……」

「手紙を書くんだ」

「は、……どなたにですか」

「ケイティ嬢に。そうだウーロ、配達の手はずを整えてもらえないか。出先からでもできるだけ欠かさず手紙を送りたいから……」

 僕の言葉にあっけにとられた表情のまま、ウーロが口だけを動かす。

「出先って……馬も走れないような辺境の山奥からもですか」

「うん」

「もしや……キッカー様がそう望まれたのですか」

「いや、毎日送ると言いだしたのは僕だ」

「ちょ……っ! 責任重大すぎるじゃないですか!! すぐに取り掛かります!!」

 慌てて部屋を出ていった従者を見送り、僕が再び旅支度に取り掛かると、侍女たちに笑みを浮かべられた。

「殿下が意地悪おっしゃるなんて珍しいですねえ」

「……そんなつもりなかったんだけどな」






 どういうわけか、魔物討伐する人間によく懐いているリスが森のあちこちにいて、ザバの実をあげるとどんな場所からでも一日二日でイップ牧場まで届けてくれる。一緒に保存の難しい魔物の小さい素材なんかも仲間同士中継して運んでくれるし、手紙くらいなら許容範囲の重さだ。

 翌日の朝いちばん、青い顔をしてやってきた従者にそう話し、ものすごく恨めしい顔をされたことを思い出しながら、僕は白いリスに書き終えたばかりの手紙と、木からむしり取ったばかりのザバの実を預けた。白いリスは頬に甘い香りの赤い実を押し込み手紙をくわえると、あっという間に森の奥深くへ姿を消した。

「おはよ! 今日も婚約者さんに手紙出したのか? 熱心だな~! ちゃんと寝てるか~?」

 ポケットから出した地図にリスのいた場所を書き込んでいると、あくびをしながらテントから出てきたヒューが野営用の荷物を漁りはじめた。

「……忘れられないように必死なんだ」

 首をかしげる仲間にそれ以上言わずに僕は森に視線を投げた。

 いつ死ぬか分からない身で、責任感のない勝手な自分のことを少しでもいい思い出にしてもらいたいだなんて考えるのは贅沢だろうか。

「また、あの日みたいな笑顔を見たいな」

 納得のいかないことと戦う知恵と勇気を持ちながらも、泣きたくなる運命にも胸を張ってみせた美しくかっこいい彼女の隣に立てるときが来るだろうか。

 ポケットに入れっぱなしの鱗石を指先で撫でて、僕は身の程知らずのことを願った。




##






 身の程知らずでふがいない僕は、守りたかった人を巻き込んでしまった。

 罪悪感と後悔の念とに押しつぶされそうになりながら、彼女をしっかり抱きかかえたままランズマン家の屋敷の中庭に戻ると、混乱する群衆を割って駆け寄るものがいた。

「お嬢様!!」

「ケイティ嬢の侍女か」

「はい! ああ……お嬢様……」

「遅くなって本当に申し訳ない……毒はない魔物だったけれど、かなり振り回されたようだから、すぐにでも医者に見せたい」

「はい……はい。お願いします、お嬢様をお助けください、お嬢様を……」

「力を尽くす」

 僕は開けた場所でしゃがみ、顔が侍女に見えるようにケイティ嬢の身体を抱え直した。涙をこらえながらケイティ嬢の頬をハンカチで拭う侍女と、近くの兵士に声をかけた。

「近所に馴染みの医者がいる。まずはそこで出来る限りの治療に当たらせるから、あなたはこの印を持って彼女の側についていてくれ。君――その黒毛の馬車を持ってきてくれないか!」

 身分証代わりに王家の紋章が彫られたネックレスの鎖を引きちぎり、侍女に手渡しながら後ろに声をかけると、気色ばむ貴族連中をなだめるのにひどくくたびれていた様子の騎士が慌てて馬を引いてきた。

「ヒュー、頼む」

「了解!」

 確かめることなく声をかけると、すぐ近くで返事があった。

「おめーら何ボサッとしてんだ、その屋敷ン中からありったけシーツと飲み水貰ってこい!! ん? 何ビビってんだばか! 屋敷の主よりゃロビンのが偉いだろ! 早く急げ! ケイティさんにこれ以上怪我さしたらただじゃ済まね~ぞ!!」

 むしり取るように騎士から馬車の手綱を奪ったヒューは、近くの兵士を顎で使ってケイティ嬢を医者の所に運ぶ段取りをつけはじめた。僕はそれを聞き流しながら、侍女と一緒に馬車へ乗り込み、抱きかかえていたケイティ嬢を座席に慎重に寝かせる。

 所々破けて血がにじむドレスをまとう華奢な身体を隠すように毛布でくるんで、僕は後から後からこみあげる申し訳なさとくやしさをこらえたまま息を吐く。きっと自分に資格はない、それでも。

「……ずっと待たせてすまなかった。……選ぶよ。選ぶから……」

 擦り傷に触れないよう、やわらかな頬をそっと指の背でなぞってからもう一度手を握ったとき、ひと月ほど前の夜会の日、自分たちが逆の立場でいたことを思い起こした。僕は名残惜しい気持ちを堪えて馬車を降り、御者席に着いたヒューに頷くと、ケイティ嬢を乗せた馬車は走り出した。





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