脳筋2★
本日2話目の投稿です!
机上の勉強がはかどらない代わりに、体術と剣術はどんどん得意になって二年が経った。試験明けでやさぐれた気持ちを解消すべく、木刀を持って打ち込み台の置かれた場所へ向かっている途中で、機嫌のよさそうな兄に声をかけられた。
「試験はどうだった、ロビン」
「兄上……申し訳ない出来です」
「そうか! まあ、誰しも得手不得手はある。私がフォローをすればいいんだ、そこまで気にすることはない」
「ありがとうございます……」
試験後の兄は歩幅を合わせてくれる程優しいので、僕はありがたく励まされることにする。順調に王位への道を歩む兄は、責任感から気高くあろうとする態度が高慢で傲慢に見えてしまう時があるだけだと自分に言い聞かせながら、耳に入ってくる兄の試験の結果をひたすら賞賛していると、目的地の運動場の方が騒がしくなった。
「なんだ……?」
僕と兄が顔を見合わせて運動場へ急ぐと、生徒でできた野次馬が運動場に押し寄せていた。
「討伐隊が大型の魔物を運んできたらしい!」
「訓練で使うのか?」
「解体する場所がなかったんじゃないか」
ざわめく人垣の向こうには国軍の騎士と、見慣れない服装の男たちが数名、そして学校の校舎が丸々入るほどの広さの運動場を半分埋める大きさのドラゴンが横たわっていた。
片翼は既に切り落とされていて、数人がかりで剣を振り下ろしている間、頑丈な盾の素材になるらしい牙を、それと変わらない身長の大人二人がかりで抜こうとしている場を目の当たりにし、僕は圧倒された。
「すごい……」
「汚らわしい」
自分と同じタイミングで兄がつぶやいた内容が僕のものとまるで違って、思わず隣を見やると、相手は口元を押さえたまま顔をしかめていた。
「あの野蛮な姿を見たかい……気分が悪い。私は先に戻ることにする」
「は、はい……」
兄の後姿を見送ったあとも、しばらく他の生徒に混じって魔物が解体される様子を眺めていると、騎士がこちらへ駆け寄ってきた。
「この度はお見苦しいところをお見せして誠に申し訳ございません。陛下にはお許しをいただいたものの、学園におわす両殿下に思慮がいたりませんでした」
騎士と並んだ見慣れない服装の男のひどく緊張した表情から、兄になにか言われたのかと察した僕は、思わず口を開いた。
「いや、驚いたけど……みんな国のためにこんなに大きな魔物を身体を張って倒してくれたんだろう。僕はそれを知れてよかった。本当にすごいな、ありがとう」
「……殿下……」
「……もったいないお言葉です……!」
相手が涙目になってしまったので居心地が悪くなり、僕は野次馬をかき分けてそそくさとその場を後にした。
初めて魔物を目の前にした日から数日後、兄から提案されたことに僕は目を丸くした。
「ロビン、これから軍部の訓練に参加してみてはどうだ。」
「え」
「興味があることに取り組めるのは学生の内だからな。私にはとてもできないことをお前が学んでくれると助かる。万一魔物が現れたときの保険にもなるしな」
「はい……」
「父には私から言っておくから安心するといい。まずは座学のカリキュラムを少し減らして、体術と剣術中心にして……」
僕が朝食のパンを丸呑みして咳き込んでいるあいだに、兄は既に決定事項らしい段取りを淡々と説明した。その説明通り、学生の身になってから改めて受ける軍部の訓練は厳しかったが、騎士や兵士は変わらず好意的で熱心だったので、すぐ馴染んだ。
そして兄の提案と言う名の強制事項に従って参加できなくなった授業の教師に挨拶をしにいったとき、授業中は厳しいけれど、試験では他の科目に比べて優しい問題を出してくれる先生には、ため息を返された。
「王家の連中は優先順位がわからないらしい……体術や剣術を批判しているわけではないぞ。くれぐれも、怪我には気をつけなさい」
「? ……ありがとうございます」
勉強そっちのけで軍部でしごかれる比率が多くなったころ、僕にも婚約者ができた。
顔合わせを兼ねて王宮の庭園を案内しながら並んで歩いているとき、お人形のようなパトリシア嬢があどけない笑みを浮かべながら言ったことに、その時は正直ピンときていなかった。
「ロビン殿下のお立場の難しさは重々承知しておりますが、私もランズマン家を盤石なものにしたいんですの。どうか出来る限りご協力あそばせ」
「う、うん? がんばる……」
パトリシア嬢の言葉をなぞるように、王宮における僕の存在意義がじわじわと失われていることに、初めは気づいていなかった。形式的なものになった試験勉強や、軍部の訓練の合間にパトリシア嬢と交流するのに日々追われていたのもあるけれど、「王族であっても学生の間は学校での人間関係構築に専念するのがいいだろう」と王家が集う場において、度々僕が出席しないでいいように取り計らってくれた兄の言葉が善意によるものだと疑っていなかったからだ。
ようやく疑問を覚えたのは学校を卒業してからだった。学生でなくなって、十四で成人してからも自分には王家の一員としての役目を果たす機会をほとんど与えられず、華々しい式典に王族として駆り出されるのはいつも兄だった。
「次の式典、本当に僕は出席しなくてよろしいのでしょうか。ナン国の第三王子殿下がいらっしゃるのに……」
「いいんだよ、ショーンが出席することになっておるから」
話しかけるのもはばかられるほど忙しそうな兄の背中を見つつ、役割が得られない不安から国王陛下や王妃殿下に思い切って尋ねてみてもほほ笑んで返されるだけで、当時の内務大臣だったダルク卿には「ショーン殿下ができるだけ責任のある中で場数を踏みたいとの意向でして……」となぜか申し訳なさそうに頭を下げられるだけだった。
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「あれ、今日って成人したばかりの隣国の王子様を歓待する大事な行事なんじゃありませんでした? ロビン殿下もつい最近成人されたばかりなのに、ここにいらっしゃっていいんですか?」
「――来なくていいって言われたんだよ、今日も!」
「わ、八つ当たり反対!」
王宮における自分の居心地の悪さについて悶々としながらも軍部の訓練に参加していると、騎士の一人が当たり前のように口にした内容に、僕は振りかぶっていた木刀を思わず取り落とした。
「ほんと、ショーン殿下ってロビン殿下のこと、とことん王位から遠ざけたいんでしょうねぇ」
「え?」
「……おい、不敬になるぞ」
止めに入ろうとする騎士を視線でいなして、喋っていた騎士に先を促すと、相手は肩をすくめた。
「だって、内務に口が出せないように学生の間は座学から離されて、卒業してからも公務を取り上げて、出陣させるつもりもないのに軍部に追いやって。全部にショーン殿下の意向が絡んでいるんだから、つまりはそういうことでしょう、イテッ!」
「バカ! 取り上げるとか追いやるとか、わざわざご本人を前に言うやつがあるか!」
「で、殿下、お気を悪くされないでください……」
「いや……」
喋っていた騎士を周囲が小突くのを止めながら、すとんと全部に納得がいった僕はその日の式典のあと、珍しく参加を許された内務会議の場で申し出た。
「軍部の活動に参加させていただきたい」
いくらなんでも王族が取り組むべき内容ではない、と一斉に難色を示す貴族たちや国王陛下だったが、その時視界に入った兄は何もない宙を見上げて、恍惚とした笑みを浮かべたあとに声をあげた。
「……陛下、私はロビンの意志を推したいと思います。王子としての役目は現状においてこの私一人で十二分に賄えておりますし、このまま果たすべき役割も見出せず贅沢をして木刀を振るうだけのぼんくらとして生きるしかできないでいるかわいい弟のことを思うと気の毒でなりません」
「う、うむ……しかしだな……」
「つきましてはロビン第二王子殿下がやりがいを持って生きられるよう、私に提案させていただきたい……」
「……うむ……、ひとまずは聞こう……。」
ようやく兄の期待に応えられた僕の表情を窺うように見た国王陛下と王妃殿下は、実際に僕と目が合うと気まずそうにうつむいた。よっぽど自分は国を混乱に陥れそうに見えていたのだろうかと考えながら、僕は目の前で自分の魔物討伐隊行きまでの段取りが兄によって手際よく組まれていく様子を口を挟むことなくぼんやり眺めた。
(僕はいつも受け身だな、自分なりに戦ってきたつもりでいたけど……考えが足りなかった)
自分がこれまで味わってきた理不尽なことを思い起こして湧く寂しさよりも、兄の機嫌でほとんどが左右される王宮の世界から解放される安堵の方が大きかった。
「魔物討伐隊での働きを期待しているよ、ロビン。きっとお前は王族で成しえなかったことを成し遂げる」
「ありがとうございます、がんばります」
皮肉を隠さず喜びに満ちた兄に肩を叩かれたとき、僕は納得いかない気持ちを抱いたままで、せめてもの反抗心で胸を張って笑い返した。




