脳筋殿下の話1★
ここからロビン氏視点を投稿します〜。
もしお時間よろしければお読みいただけると嬉しいです(uu)!!
幼いころから兄によくしかられていた。
「おまえはいつもやりすぎだ。おまえがはりあっていると国があんていしないぞ」
「はりあう……? ええと、ごめんなさい、あにうえ」
父である国王陛下と母である王妃殿下は、幼い兄弟のやりとりを微笑ましく眺めていたらしいが、言われたことを一生懸命やっているつもりなのに、いちいち叱られる本人としてはたまったものではなかった。
四歳になり、兄の隣で家庭教師に学びはじめてから僕はより頻繁にしかられた。
授業が終わって教師が子ども部屋を出た途端、兄に睨まれて僕は思わず姿勢を正す。
「ロビン」
「はい兄上」
「どうしてあそこで正解を言ってしまうのかな」
「え……?」
「お前がまちがえて、次に私が正解をこたえたら、あの授業はそれでおわっただろう。お前のせいで授業時間がのびたんだぞ。お前はともかく私にはそんなに一つの授業にかまけている時間がないんだ」
「す、すみません、兄上」
「まったく。いつまでたってもようりょうが悪いな、私の弟は……」
どうにか自分なりに取り組むたび、人目が無いところで兄に長い長いため息をつかれて、僕は身体を縮こまらせる。答えが分かっても怒られるし、間違えても怒られる。そういうことが何べんもあった。
兄が求めているのは僕が自力で正解を導けるようになることではなく、兄自身が最終的に褒められるように自然なアシストをすることなんだとなんとなく理解するころには、僕は本当に勉強が苦手になった。
僕の勉強のできなさに気づいた兄はとても喜んだ。父上も母上も、王位継承者である兄が最終的に機嫌よく本人の役目に励んでいるならそれでよかったので、僕に注意することもなかった。日ごとに身振り手振りが大きくなって、劇役者のように口上がもったいぶったものになっていった兄は、その頃から機嫌を損ねると癇癪を起こしてあちこちに当たることが少なからずあったのだ。
僕は机に向かう勉強の代わりに、兄がそこまで重視をしていなかった剣術や体術にかなり真剣に打ち込むようになった。
「まだやるのか……勉強も同じくらいまじめにやればいいのにな。ええと、私はお前と違ってだいじな勉強があるから先にもどっているよ」
「はい。いってらっしゃいませ、兄上」
居心地悪そうに肩をすくめ、投げるようにして木刀を僕に預けた兄を見送ると、近くで訓練中だった兵士の一人が声をかけてくれた。
「……それではロビン殿下、我々と並んでもう少し素振りをしましょう。肘は曲げないように、胸を張って、一、二、一、二、」
「はい。こうでしょうか」
「その調子です。……俺らには敬語じゃなくていいんですよ」
「あ……そうか、ありがとう」
姿勢を正して返す僕に兵士たちは親し気な笑みを返してくれた。
軍部率いる訓練場では、机に向かっているだけでは関われない、王宮の中とは違う種類の人間と接することができて非常に刺激になったし、少しずつでも出来なかったことが出来るようになると成果と努力を認めてもらえた。僕が焦がれるほど求めていたものがそこにはあった。
「ロビン殿下、片付けなら俺たちがやっておきますよ」
「いや、だいじょうぶ。これをしまうだけだから。じゅうしゃには口を出さないように言ってあるからみんなはつづけていてくれ……ん?」
一年ほどが経ったある日、剣術の稽古の後片づけをしていると、倉庫の前で女の子が泣いているところに居合わせた。その女の子は扉に向かってまっすぐ立って、しゃくりあげる声すら人に聞かれまいとしているように、唇をぐっと噛みしめたまま、静かにあふれる涙をハンカチでぬぐっていた。
「どうしたの?」
知らない人に話しかけるという行為は身分を根拠に固く禁じられていたけれど、それまで身近に年近い女の子がいなかったこともあり、僕は物珍しさからつい、その子に話しかけた。
「あっ……じゃまなところにいてごめんなさい」
「しばらく僕しかこないからだいじょうぶだよ」
僕は倉庫の扉を開けて棚に自分用の木刀と額あてなどの防具をしまって、棚の上に準備してあるタオルの山から二つを手に取り、一つで自分の顔の汗を拭いて倉庫を出て、もう一つを泣いていた女の子に差し出した。
「よかったら使う? ちゃんとせいけつだよ」
「……ありがとうございます」
女の子は目を丸くしたあと、少しだけきまり悪そうに笑った。彼女の陽の光に透けたバター色の髪と同じくらいまばゆい笑みにも目を奪われ、稽古中に木刀で頭を叩かれた時よりも大きな衝撃が体中を走ったのが自分で分かった。
「なっとくがいかないことがあって、父からにげてきたのです。」
「そうなんだ」
「はい。きぞくの家に生まれたからには、さけられないことだとはわかっているつもりでした。でも、もんどう無用で決められたのがなっとくがいかないのです、年が近いだけで会ったこともない人とこんやくするなんて。いくら次の国王陛下になられる方だからって……」
「へえ……」
タオルに顔を埋めながらもしっかりとした口調で女の子が続けることに、僕はどぎまぎしながら相槌をうった。恋に落ちて間もなく失恋をしたというのに、隣で彼女が繰り広げる言葉に圧倒されて、落ち込むどころではなかった。
「……いっしゅうかん前にしっていたら、ちょうど町にでかけていたし、なれない道で足をひどくひねったということにして馬車にのられないふりをしたのに。そうすればふちゅういな娘だと嫌がってもらえたかもしれないのに。きのうまでに知っていたら、お兄さまにけんかしたふりをして水でもかけてもらっていたのに。風邪をひいていればびょうじゃくな娘だと嫌がってもらえたかもしれません。朝までに知っていたら、ごはんをたくさん食べておなかをこわしておいたのに。そうすれば食いしん坊な娘だと嫌がってもらえたかもしれないのに……」
「よく思いつくね……」
ぽんぽん出てくる脱婚約者のアイディアに感心した調子で相槌を打つと、彼女は悲しそうにため息をついた。
「今からでもできそうなことを考えていたのですが、かんけいない人にめいわくをかけてしまうことしか思いつかないのです……お父様、だから何にもいわずにつれてきたんだわ……みぬかれていてくやしい」
あんまり悲しそうなものだから、僕はこわごわ女の子を励まそうとすると、今にも溶けそうなうるんだ目のまままっすぐ見返されて、思わず後ずさってしまう。
「あ、会ったら嫌じゃなくなるかもしれないよ」
「それはおっしゃるとおりですわね」
鼻をぐすぐす鳴らしながら、顔を覆っていたタオルを丁寧に畳んだ女の子は息をついた。
「……でもお会いするまでに、なっとくできない気持ちをすこしくらいどうにかしたいと思いましたの」
「……どうにかなった?」
「なりませんね、ちっとも。あきらめて強がることにします」
胸を張って正直に笑った彼女はとても可愛らしくて、とてもかっこよかった。
すぐに青ざめた彼女の父親に連れていかれたケイティ嬢は、数年後の兄曰く「初めて会ったときだけはとても大人しくて、今のように口やかましくあれこれ出しゃばる様子はなかった」らしい。
それから度々兄の隣にたたずむようになった彼女は、自信満々に話す兄に物おじせず意見を述べては周囲をたじろがせながら、たまにすれ違う僕には親し気な笑みを向けてくれた。それはもう、小さいころから本当に素敵な女の子だったのだ。
「まったく……キッカー家の淑女教育はどうなっているんだ。この間なんて土地改革についての私の説明に納得いかないからと、わざわざ高等部の教科書なんて持ち出して質問をしてきた。どうしても私を言い負かしたいらしい……、もちろん丁寧にこたえてあげたがね」
「さすが殿下」
「ずいぶんと困ったところがおありなのですね……」
だから、彼女がいない場で、気取った調子でケイティ嬢についてあることないこと言いながら不満をこぼす兄を見かけるたび、彼女が僕の婚約者だったらよかったのになと心底残念な気持ちになった。
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兄の婚約者への淡く重たい恋心を引きずっているあいだに、僕も貴族学校へ入学した。卒業したころには自分なりに少しでも国へ貢献できるようになっていたくて、苦手な科目を選んで勉強に取り組んでいたものの、一向に結果が出なかった。
「また赤点だ……」
「ロビン、普段のレポートは割合評価をもらえるのにな。どこ間違えたんだ?」
しょげる僕の隣から試験用紙を覗いた友人が瞬きをする。
「……? 俺のと内容違くないか?」
「え?」
「いや、だって記述問題の難易度が明らかに――」
「採点結果に文句があるなら、個別に質問へ来るように」
雑談を教師にとがめられ口をつぐんだ友人が肩をすくませ、その時の話は打ち止めになったが、その友人からは試験のたびに「王族って大変なんだな」と言われるようになった。




