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「いい香りですね、しみたりはしていませんか?」
「ええ……ひんやりしてていい感じ」
賑やかな友人たちを見送ったあと、リンに早速頂いた薬草を右肩へ貼り付けてもらった。摘んだ花を浮かべたお茶をのみながらうとうとしていると、セネスが息を切らせてわたくしの元にやってきた。
「失礼いたします!」
「ど、どうしたの」
「お嬢様、きっとすぐお読みになりたいと思いまして!」
「――ありがとう!」
侍女の顔を見て、差出人を確かめる前にわたくしは椅子から降り、受け取ったばかりの封を切っていない手紙を持ったまま部屋を慌てて飛び出した。
部屋の扉を開けた音に、手紙を届けてくれた人が振り向きかけたが、わたくしは勢いのまま足をすすめた。
「歩いて平気なのか」
「おかげさまで……ずいぶん良くなりまして。……すみません」
言葉に反して玄関前でよろけたわたくしの腕を咄嗟に掴んだひとの、ペリドット色の瞳がこちらを映して細くなった。
「顔色はよさそうだね」
ロビン殿下を応接間にお引き止めして、深呼吸をしたわたくしはテーブルの向かいに座る殿下へおそるおそる声をかけた。
「……ありがとうございます。お手紙も、あの、魔物から守ってくださったときも。どうしても直接お礼を申したいと思っておりました……」
「こちらこそ、僕を信じてくれてありがとう。僕の名誉のために色々手を尽くしてくれていたのに気づくのが遅くてすまない。……危険な目に遭わせてしまって、怪我をさせてしまって本当に申し訳ない」
気遣いに満ちた声に胸が温まる。やっとお会いできて嬉しいのに、顔を上げられないままで首を振る。居心地が悪いのは自分のせいだ。
「勝手なことをして……討伐隊の皆さんにも大変ご迷惑をおかけしました」
「みんな給料が上がって喜んでいるから気にしないでいいさ。」
「……そうなんですの?」
「職を追われた僕の分の給料が浮いたんだ」
え、と声に出さずに思わず顔をあげると、ロビン殿下に笑い返される。
「玉座との兼任はだめらしくてね」
「あ……。遅ればせながら……殿下、この度はおめでとうございます」
殿下の口から王位の話が出たとき、わたくしは覚悟を決めていながら声が震えてしまった。無関係ではいられないことが、やっぱり怖い。
「ありがとう。君のおかげだ」
「……ロビン殿下の資質があったからこそです。兄から聞きました、王宮内でも力のある財務と法務の方々の支持を受けて、引き継ぎも滞りなく……」
「それも君のおかげだ、君が背中を押してくれたからだ」
「いえ……わたくしは……ただ…………。」
目の前に差し出された殿下の手のひらに、こわごわ自分の手を置くと強く握りしめられる。
「ただ……」
人のために命を張っているロビン殿下が、人にないがしろにされるのが許せなかった。勘違い甚だしいショーン殿下に、ロビン殿下を誰よりないがしろにする人間に、自分自身を都合のいい物として扱われるのがどうしても嫌だった。……と正直に話して失望されて拒絶されるのが恐ろしいと思うくらいに、ロビン殿下のことを好きになってしまったわたくしは、やっと触れられた殿下の手の温かさに胸がいっぱいになって何も言えなくなってしまった。
離れたくない。
温かい手を握り返したままうつむくわたくしを急かすことなく、侍女が持ってきたお茶にゆっくり口をつけ、短く息をついた後、ロビン殿下は独り言をつぶやくようにこぼした。
「……僕が玉座を望んだのは、ケイティ嬢を兄上にまたかっさらわれるのが絶対嫌だったからだよ。ただそれしか考えていなかったんだ。だから」
「え」
“また?”湧いた疑問と共に顔を上げると、わたくしは愛しい色に射抜かれた。
「君が僕の妃になってくれないと困る。」
ロビン殿下の拗ねたような表情を間近に見て、張りつめていた気持ちがほどけて、目の前がにじんだ。
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ボウ国の国王陛下が代替わりすると、国境にある領地から試験的に進められていた魔物対策が本格的に導入された。
かつて第一王子殿下がゼリッカ鉱石を採掘するために伐採した山へタストロを植林し、人が行き来する道行きにはタストロが不自然に繁殖しすぎないよう、植物学者は生育環境を適宜チェックをする役目を与えられた。
国軍と統合された魔物討伐隊は大幅に増員された。加えて不測の事態に備え、一年に一度各地の兵士と各地の領主とが机を並べて討伐隊主導の研修を受けることが義務付けられたことで、これまで他人事であった権力者も、否応にも対魔物への意識を高めることとなった。
魔物の身体のつくりに詳しいイップ牧場のおばあさんと息子さん、そしてヘルマン家の補助もあり、研修は非常に実践的でなかなかに厳格で、一瞬たりとも気を抜くことができない濃密な内容らしい。「ショーン公爵が出席すると余計なことを喋ってばかりで時間かかって困るのよ」キュルカ様はげんなりしていたけれど、彼女が補助で参加する研修は特にわかりやすいと評判だ。
“魔物が現れる国だと宣伝しているようなものではないか”
“不用意に危機感を煽っては、ボウ国から人が流出してしまう”
といった懸念の声は日が経つにつれて小さくなり、民からも改善案や意見が活発に出されるようになった。
「領民が集まれる避難所を作る……、食料庫と兼ねる……。なるほど、大きな嵐が来たときにも利用できそうですわね。マクレガー様が仰っていた建築方法と、パトリシア様が隣国で耳にしたという穀物を保存しやすい建材が両立できるかしら……ええと、そうすると経費が……」
魔物研修についての規則作りをすんなり受け入れてくれた法務所と同じくらい、財務管理所が大抵協力的なのはありがたいけれど、無駄遣いはしないようにしなくては。穏やかな昼下がり、わたくしが自室で研修参加者から挙がった魔物対策に目を通しながら物思いにふけっていると、扉をノックされた。
「はい」
「失礼いたします。恐れながら王妃殿下、陛下が今どちらにいらっしゃるかご存じでしょうか……」
「え、……少し待ってもらえる?」
途方に暮れた表情の大臣を近くの椅子に座らせて、わたくしは机の上の引き出しを開けた。そしてつい先ほど受け取ったばかりのお手紙に目を通しながら息をつく。
「“机仕事に少々嫌気が差したので昼まで訓練場で過ごすつもりだ”とありますわ。もしかしたら……」
「ありがとうございます!!」
部屋を出た内務大臣と一緒にあわただしい足音がいくつも遠ざかるのを耳を澄ませて確かめたあと、わたくしは部屋の奥にそっと近づいた。
そこで寝台の隅で静かに毛布にくるまるロビン陛下と目が合ったとたん、つい笑いがこみあげた。
「……これでよろしかったですか?」
「ありがとう、君の言うことならみんなすぐ信じてくれるから助かるよ」
「わたくしの言葉というより、陛下が身体を動かす方が好きだと浸透している証拠ですわ」
「なるほど。よかった、脳筋で」
「ふふふふ」
ロビン陛下はご即位されてから半年過ぎた今でも、魔物討伐までは行かないものの、時折今のように執務室から抜け出しては、訓練場でヒューさんたちと汗を流したり、マルクさんのレストランに単身で出かけたりされているのだが、実は部屋でわたくしと一緒に過ごしている方が多いのはあまり知られていない。主に口の堅いリンたち侍女のおかげなのだけれど。
最終的には危なげなく執務をこなすため、責任感がない、と陛下を非難する声は今やほとんどなくなったけれど、脳筋だ、という声はなかなかなくならないのはそのためだ。
相変わらず、お互いに忙しくて顔を見られない日はこまめにお手紙をくださるのだけれど、大抵陛下が自ら部屋へ届けてくださるので、わたくしはいつも返事を書きそびれてしまう。いつかお返事を書こうと思って引き出しにしまったお手紙は増えるばかりだ。
「そういうわけでケイティ、僕と一緒にいてくれないかな?」
毛布を持ち上げたロビン陛下は楽しそうに、その場でわたくしの返事を待った。これだから手紙を書いた気になってしまうのだな、と今さら自覚をしつつ、ベッドにのりあげたわたくしは一応釘をさす振りをする。
「……“昼まで”ですわね」
「そんなこと書いたかな」
「ふふ」
情けない表情を浮かべた、一見粗雑だけれど本当は筆マメで強くてまっすぐな優しい人を玉座に就かせてしまった責任を取って、わたくしは迷うことなくその温かい手を取った。
ケイティ視点はこれにておしまいです!
お読みいただき誠にありがとうございました(uu)!!
次からは補足を兼ねたロビン殿下(陛下)の話が続きます!もしお時間よろしければ、こちらもお読みいただけると嬉しいです〜!!




