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 目を覚ますと、状況は大いに変わっていた。


 まず、受け入れていただく予定だった修道院に、わたくしの入院を断られてしまった。

 お手紙には「もう少し体調など状況を鑑みてからでも云々」と遠まわしに記してあったけれど、おそらく今回の騒ぎで想定していたよりもケイティ・キッカーが面倒事を抱えた厄介者だと思われたのだろう。

 行くところが無いのであれば第一王子に噛みついた件で裁かれるだけだ、とベッドに横になったまま覚悟をきめていたものの、法務所からは一向にわたくしの罪状を記したお達しが届かなかった。兄曰く、わたくしの行動を第一王子殿下へ不敬を働いたととるか、第二王子殿下の名誉を守ったと取るかで審議が難航しているらしい。


 これまで散々ただの脳筋だなんだと揶揄されてきた第二王子殿下の名誉がここにきて挽回されたのは、魔物騒ぎで中止となったショーン第一王子殿下の事業発表会のあと、ほとんど日をあけず国王陛下と王妃殿下が国民の前で頭を下げ、魔物討伐隊が第二王子殿下のただの道楽のための組織ではないことを公に認めたからだ。

「ボウ国は元々魔物に脅かされやすい土地であることを、国民に隠していたこと」

「王位継承者だったショーン第一王子殿下主導の事業によって、魔物による被害が増えていた可能性が大いにあること」

「可能性について研究者から進言があったにもかかわらず、楽観視し退け、国として手を打ってこなかったこと」

 国王陛下らが自分達に頭を下げた理由を聞いて、国民は王族や貴族に対してもちろん腹を立てたけれども、不名誉な誤解をされていながらも自ら魔物討伐に臨んでいたロビン殿下がショーン殿下に代わって王位継承権を得ることが発表されると歓声が上がったという。

 ショーン殿下は今回の件で急速に支持を失い、城内でも居場所がなくなってしまった。元々人前に出ることが好きで必要以上に顔を売っていたことが仇となり、体裁を保つためにわずかでも立場ある役に就かせようにも、候補に上げられた辺境地の領民が彼の受け入れを断固拒否していて話が難航しているらしい。

「ロビン殿下と討伐隊のおかげで魔物被害は抑えられて、結果民衆に国が倒されずに済んだ。どんな貴族だって態度を変えるさ。」

 満足そうに息をつく兄の言葉にわたくしが頷いてから、続いて自分の処遇を聞かされるのを待ち構えて姿勢を正すと、父と母が一緒のタイミングで笑みを深めた。

「どこも混乱して落ち着かない。今はゆっくり休みなさい」

「……はい」

「美味しいものを食べにこっそり街に行かないのよ」

「……はい」

 きまり悪くうなずくわたくしだけでなく、その場に居たリンとヴァンの背筋も少し伸びた。




 魔物にたくさん振り回されたにしては、わたくしの怪我は随分軽く済んだのらしい。

 討伐隊ご贔屓のお医者様は「よほど強い装備でも身に着けたりしていない限り、こうはいかない」と幸運を称えてくださったけれど、わたくしは胸元の鱗石を強く握るしかできなかった。


 人の手を借りずに少し歩けるようになるころには、わたくしの部屋はお見舞いの贈り物でいっぱいになっていた。

「大叔母様のところにお見舞いのお礼をしてくるわ。はしゃぎすぎないのよ」

「ありがとうございます。いってらっしゃいませ」

 お礼の手紙と菓子を持った父母が家を出るのを窓から見送ったあと、わたくしはどうにか贈り物を避けて自分の部屋を出て応接間の扉を開ける。

「ケイティ様ぁ!」

「きゃっ」

「病み上がりのレディに体当たりはおやめなさい!」

 わたくしの胸に飛び込んできたマクレガー様をはがしたキュルカ様が猫目をつりあげ、その背後からはパトリシア様が心配そうにこちらをうかがっていた。

「もう動かれて大丈夫ですの?」

「お陰様でずいぶん良くなりましてよ。」

「よかったぁ!!」

「マクレガー様っ」

「加減なさい、わたしたちも我慢してるんですから」


 今回の魔物騒ぎで邸に大きな被害が出たランズマン家は、王家に対し半ば抗議する形でショーン第一王子殿下とパトリシア様の婚約を解消を願い出た。強く出られない王家側はすんなりその申し出を受けたという。

 パトリシア様は今の状況に彼女を追いやったわたくしが床に伏せていたときも、気遣いに満ちたお手紙やお見舞いをくださっていた。ランズマン家として自分はかなり腹立たしい相手だと思うのに、こうして足まで運んでくださるなんて。

 内心かなり驚いている気持が伝わってしまったらしく、パトリシア様は勝気に言った。

「ケイティ様は私の命の恩人ですもの、お父様にも誰にも文句は言わせないわ! 気になさらないで。私、もう次の出会いを見据えて夜会にたくさん参加するつもりですの」

「わたしとマクレガー様でパトリシア様をお迎えに伺ったら、御領主様すんなり許してくれたけどね」

「きっとキュルカ様の顔が怖かったからですわね~」

「ローツ家が修繕費用をだいぶまけてくださったのもあるんじゃないかしら」

「両方ですわ。今後は夜会に出かけるたびお二人にお迎えに来ていただこうかしら」

「甘ったれんじゃないわよ~」

「……ふふふ」

 マクレガー様やキュルカ様とずいぶん打ち解けた様子でわいわい話す姿を見ながら、わたくしは彼女が気落ちしていないようでホッとした。


 キュルカ様に差し出された立派な花瓶には、青々した葉と黄色い花のついた花束がどっさり活けられていた。

「これ、叔父さんから。花はお茶に浮かべて飲むと身体をあたためて、葉は手でよく揉んでから貼ると打ち身に効果があるんですって」

「ありがとうございます……こんなにたくさん」

「これでも厳選したの。タストロ研究に許可が出たのはあなたのおかげだって、会うたびにアレコレ手渡されるんだから」

「花瓶は私が選んだ職人に作らせましたわぁ! ね、パトリシア様!」

「ええ、それに花瓶の意匠はユリイ様やナチュ様も一緒に、みんなで考えましたの!」

「まあ! ふふふ、うれしい……」

 花瓶には明るい青色の動物がデフォルメされた絵柄で二体描かれていた。翼が生えているので鳥のようにもみえるが、手足があって、蛇のように尾が長い。

「これは?」

「リクラドラゴンをモチーフにしていましてよ~。最近特に人気がある意匠ですのよぉ~」

「……そうなんですね、存じ上げませんでした」

 言いながらも思わず胸元に手をやったわたくしを見つけて、マクレガー様だけでなく、キュルカ様とパトリシア様までからかうような表情になった。

「ケイティ様がご存じなかったのも無理ありませんわ」

「本当につい最近人気が出ましたからね。勇気のあるご令嬢を守った勇気ある王子の愛の象徴として。」

「……」

 顔を見合わせてほほ笑み合う友人たちに、わたくしは居心地が悪いまま何も言い返せなかった。


 魔物に襲われた後、一度もロビン殿下にお会いできていないというのに、自分の処遇もまだ定まっていないというのに、耳に入ってくる噂話はわたくしに好意的で都合がよすぎるものばかりで戸惑ってしまう。

(王家に喧嘩を売ったのに、このまま無事でいられるわけはないでしょう。……手紙だって、頂けなくなったし……)

 臆病なわたくしは「返事」が来るのが怖くて、書いた手紙を結局自分からは出せないでいたのだ。



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