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「――改めまして、ボウ国第一王子ショーン・ボウ・ドットアール殿下より詳細な説明をしていただきます……」
自分たちが座っているよりもセンスのいいデザインのテーブル席に、招待客がおおむね揃ったころに新事業発表会は始まった。気づけばテラスの両脇には有力な貴族方、国外の賓客、宰相、国王陛下に王妃殿下の姿まであった。ショーン殿下が宮殿でなされる式と同じ意味を持たせようとしているのがわかって、わたくしは他の招待客へ何の説明もなく自分がショーン殿下の隣に座らされていることと、この場にロビン殿下が呼ばれていないことに改めて憤りを感じた。
「ケイティ様、お水をどうぞ……お顔がこわばっていらっしゃいますよ……」
「……! ありがとう」
側に控えてフォローをしてくれているリンだけでなく、離れたテーブル席にいるわたくしの家族や、キュルカ様やマクレガー様たち、パトリシア様のご親戚席にいらっしゃるナチュ様やユリイ様も、目が合うたびこちらへ励ますような笑みを浮かべてくれる。
「――天の恵みゼリッカ鉱石がこの国のさらなる発展に大きく寄与することは疑いようのない事実であり、同時に副産物というには罰が当たるほど有益な木材を見いだせた自分の幸運に恐ろしくなるほどで……、第一王子としての立場に甘んじることなく人より多く活動することを心掛けてはおりますが……」
婚約を解消する直前と、先日夜会で話していたものとほとんど同じ内容を、過剰な装飾語と脱線する自慢話と演技がかった身振り手振りで膨らませて語るショーン殿下の話は相変わらず退屈極まりなく、見事な噴水や庭の美しい花々を眺めても一向にわたくしの気持ちはおさまらない。それでも隣の自称王位継承者のせいでロビン殿下にお会いできないまま、運が良ければ修道院に行くことが決定したわたくしは、ひきつる頬を家族や知り合いに視線で宥められながら、努めて冷静にショーン殿下に噛みつくタイミングを図っていた。
「――それでは、ここからは質疑応答に入ります……挙手にて承ります。……ジャム殿」
「どのようにしてゼリッカ鉱石を見出されたのでしょうか」
「協力者のコットン氏が声をかけてくれたのが始まりで……」
「……殿下のご人徳で得られた縁ということでございますね」
あはは、うふふ。おやまあ、それはそれは。
あらかじめ準備された質問を決められた貴族方がなぞるように口にし、ショーン殿下はにこやかに答える。ひたすら第一王子殿下の功績をたたえるための退屈なやりとりに耐えていると、屋敷の背にある山の方角から強い風が吹き始めた。空は晴れていて、天気が変わる季節ではないのに……。わたくしは以前ロビン殿下にうかがったことをふと思い出して、自分が現在座っている変わったデザインの椅子の手すりの裏をなでた。滑らかな木肌からは黒い液体がにじみ出ていた。
「殿下……」
「ん? どうした、ケイティ。……そうだ、この場で改めて君を紹介しよう。ケイティ・キッカー嬢は今後愚弟ではなく」
「恐れながら殿下、」
場違いに張りつめたわたくしの声に、不満を顔に浮かべてショーン殿下は口をつぐみ、殿下の長い話に飽きていた周囲の招待客も何事か、とこちらへ身を乗り出した。
「このタストロの木材、きちんと正しい保存をなされて作らせたものですか?」
「ん?」
「タストロの木材はただ天日に干すだけでは魔素が抜けません。2年以上水に沈めてから、月明かりにさらして5年は置かないと、陽の光に当たるだけで切断面から樹液が溢れます。このように」
樹液で黒くなった手のひらを周囲に見せるように掲げると、殿下は困ったような笑みを浮かべた。
「どうした急に……ええと? タストロとはなんだ」
「殿下がゼリッカ鉱石を得る際の副産物と仰った、災厄の木の学名です。切り倒すと魔物をおびき寄せる魔素が含まれた黒い樹液が溢れます」
わたくしが“魔物”という単語を口にすると、辺りはかなりざわついた。それを気取った咳払いで鎮めたショーン殿下は肩をすくめた。
「何を言い出すかと思えば……平和なこの国で趣味の魔物退治とやらに明け暮れている弟にくだらないホラ話を吹き込まれたんだろう。全く、再び私の婚約者になりたいのなら、――王妃になりたいのならばそのような」
「でん」
「あなたの元へ嫁ぐくらいなら死んだ方がましです」
パトリシア様の声を遮りきっぱり答えるとその場の空気が固まったのが肌でわかった。今しかない、と確信したわたくしは、固まっているショーン殿下たちを放ってリンと招待席の友人に目配せをする。
「……ここに直近一年間で魔物討伐隊が出陣した地域を記した地図がございます。複製したものを皆様にお配りいたしますので、よろしければ目を通しながら聞いてくださいませ」
テーブル席ごとに国内を象った複製地図がいきわたったところで、わたくしは椅子から立ちあがった。
「おい、何を勝手に始めているんだ……こ、こんな勝手なことをして……」
顔色の悪いショーン殿下へ自分の持っていた地図を押し付けるように手渡し、わたくしはこちらを不審がりながらざわつく招待客の前に進み出た。無意識にネックレスに伸ばしていた自分の震えた手が樹液で汚れたままなのを思い出し、腕を下ろして胸を張る。
大丈夫、この日のために準備をしてきたのだから。わたくしは挑むように周囲を見渡して口を開いた。
「……赤い印をつけてあるのは最北西の村、イムの場所です。そこから山を二つ南に進んだところにジーズー湖がございます。」
「おい、…ケイティ、やめないか。」
招待席の視線は地図とわたくしと、ショーン殿下をせわしなく行ったり来たりしながらも、わたくしの話を一言も聞き逃すまいと息を飲み身を乗り出して、ショーン殿下のように遮ろうとはしなかった。
「……東に進んだところにはニルラ、国境沿いの森を進んだところにフォット村……」
「――やめろ!」
ついに声を荒げたショーン殿下を、わたくしはまっすぐ見おろした。
「なぜです? わたくしは討伐隊の方が出陣されていた場所が、ことごとくその三か月前に殿下がゼリッカ鉱石を採掘した場所だと言おうとしただけですわ。」
うつむいたまま青い顔をしている、ゼリッカ鉱石ビジネスを提案した商会代表を見つけたわたくしがさらに口を開く前に、椅子から立ち上がったショーン殿下が呆れたように頭をふりながらわたくしの隣に立った。
「ハハッ。それがどうした、魔物はどこにでも現れる。ただの偶然をそのように取り上げられたらたまらないな! ……全く誰の入れ知恵だ? ロビンか? くだらない、ふざけたことを」
「どこにでも現れる? 魔物が? ――先ほど殿下はこの国が平和だとおっしゃったではありませんか、魔物など狩る必要もないほど平和だと!」
「黙れ!! あの役立たずのクズの婚約者の分際で!! よくも次期国王の私にそんなふざけた口がきけたな……!!」
威圧するようにこちらを睨みつけながら声を荒げたショーン殿下を負けずに見返し、わたくしは心からの思いをぶつけた。
「~撤回してくださいませショーン第一王子殿下。命をかけて国と民を守り続けているロビン第二王子殿下の本意をお知りになりながら、これ以上貶めるのは恥ずべきことですわ!!」
「生意気を言うな!!!」
「殿下、おやめください! 陛下の御前ですわ!」
「ご令嬢にそのような……!」
パトリシア様たちの切実な声が聞こえるなか、わたくしはショーン殿下に力いっぱい腕をつかまれた。彼が手をあげようとするのが視界に入った瞬間目をつむると、ひときわ強い風が吹いた。
「ヒィッ!!!」
突然悲鳴をあげたショーン殿下がわたくしを屋敷側へ突き飛ばすようにして後ずさる。わたくしはよろけつつも何事かと振り向くと、屋敷の屋根に大きな鳥が止まってこちらを見下ろしていた。




