18★
夜明け前、人の気配で目が覚めた。
「誰だ?」
僕の声にすぐ反応した従者が部屋の周りを見て回ったが、首を振って戻ってきた。
胸騒ぎを抱えたまま日が上ると、いつもはほとんど人気のない離れの周りに騎士の姿があった。何かあったのかと尋ねても、「不審者が出た」だとか「凶暴な野良犬がいた」など統一性なく要領を得ない返答ばかりだったので首を傾げつつ、彼らが自分を部屋から出したくなさそうなことだけは伝わってきたので、僕はひとまず逆らうことにした。
「ろ、ロビン殿下、お茶飲んでいかれませんかっ!?」
手始めに本殿に向かうことにした僕が使用人の住まいの前を通りがかると、慌てた様子のカーサーに引き留められた。
じろじろこちらを見ている騎士を不思議に思いつつ、招かれるまま使用人の部屋に入ると、カーサーは切羽詰まったような顔でティーカップを持ってきた。その手は震えている。
「ありがとう。何かあったのか?」
「いえ、なにも! ……なにも……。……殿下」
「うん?」
カーサーが目配せをすると、他の使用人が外から様子が窺えないよう、出入口の扉近くで洗濯物を広げ始めた。その隙にカーサーが小声でつぶやく。
「飲んだふりして、捨ててください。騎士にばれないように」
「? わかった。」
僕はカップの中身を床にそっとこぼした後、カップを大げさにあおり、テーブルに置いた。
「……いつも通り苦いな!」
「これが効くんですよ!」
安心した様子で見送る使用人の部屋を出ると、中を窺っていたらしい騎士がとり繕うように姿勢を正した。僕はひとまず彼らに挨拶をしつつ、見送るカーサーに言われた通りあくびのふりをしながら渡り通路を歩き、本殿に入る直前に塀の影に姿を隠し、後をつけていた騎士をまいた。そして一旦部屋に戻って自分の従者に探りを入れるよう頼んでから、僕は僕で王宮中にたちこめる違和感の原因を探すことにした。
「殿下、お身体に障ります」
「ありがとう。動かないと調子が良くないんだ」
「従者もつけず……」
「用事が済んだらすぐ戻るから」
本殿に足を踏み入れると、前日まで近づこうともしなかった騎士や役人が僕を見かけるたび部屋に戻そうと執拗に話しかけてくる。それでいて、すれ違う使用人たちも含めて戸惑う表情を慌てて隠すだけで、何の情報も引き出せなかった。
「コール卿に尋ねたらわかるかな……」
もしかして国財管理所で得たことが関係するのかもしれない、と思い至り、そちらへ足を運ぶことにした僕が軍部の訓練場前で足を止めたのは、見覚えのある落ち着きのない姿があったからだ。
「具合どうだロビン!」
「ヒュー!?」
魔物討伐隊の仲間であるヒューは、自分の休暇中にわざわざ僕を見舞いに来てくれたのだという。防具をつけていないため仕事中よりは身軽だが、腰には実戦用の剣が収まっていて、両手には木刀が一本ずつ握られていた。
「どうして軍部で訓練しているんだ?」
僕の問いには、ヒューを囲んでいた兵士が口々に答えた。
「申し訳ございません! 殿下に御用があったとは存じ上げず!」
「軍部で逸話や武勇伝の多いヒュー殿にお会いできたのが嬉しくて、つい無理を言ってしまったんです!」
申し訳なさそうにこちらを見ては、目をキラキラさせながらヒューを眺める兵士たちの言葉に首をかしげる。
「逸話? 飯の食べすぎとか?」
「んっふっふ。今度聞かせてやるよ~! ってかお前、まだこんな所いていいのか?」
再び首を傾げた僕に、ヒューはつられるようにして首を傾げた。
「今日3月5日だろ。2月27日にマルクんとこで会った時、ケイティさんが言ってたぞ、“どうしても出なきゃなんない式典がある”って。オレ、てっきりお前も出るもんだと思ってたから、今日はここで遊んで、お前の見舞いは明日にしようって思ってたんだけど……」
僕はまた思わぬところで思わぬ相手から、自分の婚約者の名前を耳にして一瞬呆けてしまったが、それどころではないと頭を振って、慌ててヒューに向き直る。
「……式典の場所はどこだと?」
「えぇっと、ペ~、ペ……ペルセウスさんの家!」
「ペルセウス?」
「そう! お前の前の婚約者さんちだって」
「……ありがとう、すぐ向かうよ。……ん?」
頻繁に会う者でなければ人の名前を覚えないヒューがパトリシア嬢の名を間違えるのはいつものことだとして、それならどうしてケイティ嬢の名前をすんなり言えたのだろう。また思考が散らばりかけるのをどうにか堪えて、僕は厩舎を探そうと辺りを見回し、瞬きをした。
「ロビン第二王子殿下!」
「申し訳ございませんが、今日一日城から出すなと指示を受けております。……手荒なことをしてもかまわないと」
気づけばヒューと僕を囲むようにして、軍服姿の騎士と兵士が集まっていた。そこでようやく状況が飲み込めた。
「全部兄上の指示か」
「なんか良くわかんねーけど、……手伝うか?」
「剣を貸してくれ」
脇から顔を出したヒューへ右手を伸ばすと、返事代わりにすぐさま木刀が置かれた。僕が木刀を構える姿に戸惑いを隠せない様子の騎士たちが、こちらをなだめる様に言葉を選びながらも、彼らの後ろに控える兵士と同様腰に装備した剣の柄を握りなおす。
「……殿下、お引きください。怪我人相手に振るうわけには……我々は、名誉の負傷だと存じております、どうか……」
「優しいんだな」
僕は目が合った順に相手の剣を弾いて落とし、慌てて構えの姿勢を取った騎士の眼前に飛び込むようにして近づき相手の動揺を誘い、拳で顎を打ち上げ脇を走り抜けた。
「うわっ!?」
「お、追え!!」
「速い!」
「大怪我をしていたんじゃないのか、なんだあの身のこなし!!」
「睡眠薬が効いてないのはどういう……」
「~まずいぞ、厩舎に行かせるな!!」
前から横から次々現れる兵士や騎士を木刀で払いのけ押しのけ、バランスを崩した相手の背を一つ二つ飛び越え踏み越え、出来た隙をかいくぐり、背後に増える足音を聞きながら広い訓練場を駆け抜ける。勢いのまま厩舎に飛び込んだ僕は使用人が目を丸くしている間に手綱を奪うように受け取り、鞍をつけないままその馬の背にまたがった。
「で、でんか!?」
「すまない、少し貸してくれ!」
閉まる直前の城門を抜け、王都の人々を避けながら馬を走らせている僕の横にいつの間にか並んだのは、馬にまたがったヒューだった。魔物討伐の時と同じで、大抵余裕のない僕と違って涼しい顔をしている。
「よく追い付いたな、どんどん追手が増えていただろ」
「あーんなのなんでもないね! 人間はノロマだからなー!」
「魔物みたいな物言いだ」
頼もしい仲間の笑い声につられて口角を上げて、僕は手綱を握りなおした。
次からは令嬢視点に戻ります!




