法務所にて
今日二話目の投稿です。挿話です
法務所にて
四枚の紙を伏せた状態で机に並べた法務所長ハイディ・ストープス卿は、真四角の机を囲んだ法務所における上役四名へ順に視線をやったあと、出入口にいる一人の書記係へ頷いてから口を開いた。
「――わざわざ遅くに諸君にお集まりいただいたのは、他でもないロビン第二王子殿下に対する我々の見解をまとめるためであります……」
「あの! 失礼を承知で言わせていただきますが! この場にキッカー卿がいらっしゃるのはふさわしくないのではないでしょうか?」
早速口を挟んだのは、集まっている中で一番若手のジュラ卿だった。
法務所において主に罪人を捕まえる役目を担う拘務課の長であるジュラ卿の口調には、見つけた不正を逃すまいとする断固とした意志がにじんでおり、彼に同調するような他の面々の視線を受けた、現時点で第二王子殿下の婚約者を妹に持つキッカー卿はすかさず言い返す。
「私はこの場に居させてもらう権利があります」
「な……!」
こわばる場の空気にストープス卿が慌てて補足した。
「キッカー卿は今回の話し合いに口を挟まれることは一切ない! 非常に重要な資料を……ショーン第一王子殿下による回答をお持ちくださったために、立ち合いをお願いしたまでだ!」
「――それはそれは……」
すぐに態度をやわらげて大げさなくらいに頭を振ったジュラ卿は、隣の銀縁めがねのクナート卿に目配せした。捕まえられた罪人の罪を事実と照らし合わせて精査する検務課の長であるクナート卿も、とりわけこわばらせていた表情を崩して息をついた。
「どうやって取り組ませたのやら……お疲れ様でした」
一転和やかになった空気の中、ストープス卿が机の上に伏せてあった用紙を二枚表にする。内容は同じで、左上には改ざん不可能な特殊なインクでもって同じ日付が記されている。
「……規定に従い、両殿下には今年の法務所入所試験の問題に取り組んでいただいた。貴殿らには見覚えのあるものだろう」
『一:〇月〇日未明、ある貴族の屋敷で使用人の女の遺体が見つかった。使用人の寝室に落ちていたナイフが凶器とみられ、持ち主である――卿が殺人を認めた。
散乱した事件現場には割れた花瓶と、その破片に隠れて――卿の家紋が彫られた女性向けネックレスが見つかった。
屋敷の者や――卿の知人の話によると、容疑者――卿は酒癖が悪く、真夜中泥酔した状態で被害者のもとに押し掛けようとしたことが何度かあったという。』
『二:〇月〇日未明、ある貴族の屋敷で、――卿の遺体が見つかった。役場へ出頭した使用人の男が殺人を認めた。
事件現場には血痕のついた大きな花瓶が割れていたほか、――卿所有の宝石類が散乱していたが、その場から盗まれたものはなかった。
屋敷の者や使用人の知人の話によると、被害者である――卿が、同じく使用人だった容疑者の妹に迫っていたという。』
『1.容疑者の罪状を挙げてください。
2.容疑者にできる質問は二度です。何を尋ねますか。
3.容疑者を法で救ってください』
ストープス卿が問題用紙の隣にある紙をめくった。美しい文字で書かれた内容は端的で、迷いなく記されたことが一目で読み取れた。
「まずはこちらがショーン第一王子殿下のご回答だ」
『一の1.……殺人罪
2.……爵位を尋ねる、動機を尋ねる
3.……本人を救うための法を作る』
『二の1.……殺人罪、窃盗罪
2.(空欄)
3.救う必要はない、斬首』
法務所の面々は無言のままほとんど表情を変えず、ただ回答用紙を眺めた。ストープス卿は一同が顔を上げたタイミングで、もう一枚をめくった。
「続いて、ロビン殿下のご回答だ」
『1.……殺人、脅迫、物を壊した罪
2.……動機を二度尋ねる。可能なら数日置いてから行いたい。
3.……牢屋で5年、炭鉱で25年、取り組む態度で刑期を減らす』
一同は身を乗り出して、表にされたばかりの回答用紙に口々意見を述べた。
「これは、……ずいぶん」
「……与える刑罰、かなり惜しいですね」
「殺人罪の者を牢屋で収監する刑期が増えたのはロビン殿下が討伐に出られるようになってからだ、刑の改定があったことをご存じでないのは仕方がないかもしれんな。それで、もう一つの問題への答えは?」
口ひげをなでたクナート卿に、ストープス卿はすぐ答えた。
「ロビン殿下は、どちらの問題も同じ答えだと話しておられた」
一瞬訪れた静寂を断ち切るように、手を挙げたのは、罪人に尋問を行う裁務課の長サンマル卿だった。部屋の灯りを集めてキラッと輝く広い額が視線を向けた面々の目をしばたたかせる。
「……ロビン殿下は、どうして貴族の爵位を尋ねず動機を二度も質問するとお考えだったのでしょうか」
「“爵位が減刑に作用すると考える貴族なら、質問せずとも自分で言うだろうから”とここに記されているな」
「ああ……本当だ」
クナート卿が指先でなぞった回答用紙を覗き込んだ法務所の面々は、厄介な貴族の犯罪者を相手にした経験を思い起こし、緩む口元を隠しつつ、互いに視線を交わす。
「どうして二度とも動機なのでしょう」
ジュラ卿の問いに、回答用紙を凝視していたクナート卿がすぐに理由が書かれた箇所を指す。
「“もし違う内容を話したら、一度目の答えの信ぴょう性が薄くなるし、同じ内容になっても、より深いところを聞けるかもしれない”、だと」
的を射た回答に一同は感嘆の声を漏らす。
「経験者なんじゃないですか」
「魔物を狩りながらいつ経験したんだ」
「知り合いが裁判にかけられたことがあるとか」
「第一王子殿下がかけられていないのにか? ……不敬でした」
「書記、今のは書き残さないでおいてくれ」
「書けませんよ!」
「あのう……」
慌てて声をあげた書記係より先に一度も喋らなかった、罪人を管理する部署のミノヅ執行課長が現役の騎士と同じくらい体格のよい身体を縮こまらせ、小さな小さな声でつぶやいた内容に、ストープス卿は身をこわばらせた。
「あのう……どうして貴族が罪人の場合の最後の問いに、減刑でなく、平民と同じ内容で答えたのでしょう。ここまでかなり現実的に答えられているのに……いささか違和感がありませんか。第一王子殿下のように、問題を読み飛ばしたのでしょうか……」
「……」
「ストープス卿? 尋ねなかったんですか?」
「……もちろん尋ねたし、一応、別途記していただいたが……、ここで答えるのはあまりにも」
「そのための試験でしょうに」
不審がる一同にため息をついたストープス卿は、回答用紙を胸元の内ポケットから取り出した。広げられた用紙を前に法務所の面々は身を乗り出し、内容を確認すると息をのんだ。
『“刑罰を受け罪と向き合うことで、社会に戻れる権利を正当に得られるのだから、身分にかかわらず法務所の決定に従う方がいい”』
ミノヅ卿は深く長い息をはいた。
「……この答えだけで、法務所の奴なら、心が決まってしまうじゃないか……」
「だから、あまりにも答えにくいと」
「それにしたって、ねえ」
「王宮にいなかったからこそ、こんな考えが出たのかもしれませんね……」
先の答えと同じ、美麗ではなくとも丁寧な筆致の文に眉を下げた法務所の一同は、ストープス卿とグレゴリー卿に頷いた。




